2014年11月27日 (木)

落語黄金餅のコースを歩く

下谷の山崎町を出まして、あれから上野の山下に出て、三枚橋から上野広小路に出まして、御成街道から五軒町へ出て、そのころ、堀様と鳥居様というお屋敷の前をまっ直ぐに、筋違御門から大通り出まして、神田須田町へ出て、新石町から鍋町、鍛冶町へ出まして、今川橋から本白銀町へ出まして、石町へ出て、本町、室町から、日本橋を渡りまして、通四丁目へ出まして、中橋、南伝馬町、あれから京橋を渡りましてまっつぐに尾張町、新橋を右に切れまして、土橋から久保町へ出まして、新(あたらし)橋の通りをまっすぐに、愛宕下へ出まして、天徳寺を抜けまして、西ノ久保から神谷町、飯倉六丁目へ出て、坂を上がって飯倉片町、そのころ、おかめ団子という団子屋の前をまっすぐに、麻布の永坂を降りまして、十番へ出て、大黒坂から一本松、麻布絶口釜無村の木蓮寺へ来た。みんな疲れたが、私もくたびれた。
志ん生の十八番。https://m.youtube.com/watch?v=yxi0W95a_9o&feature=youtu.be
https://m.youtube.com/watch?v=yxi0W95a_9o&feature=youtu.be

あった。リンク切れになっていないヤツ。ヒットラーに志ん生の黄金餅をシンクロさせた動画。絶品です。よくこんなもの作った。ぜひ観てもらいたい。最初にオリジナルの落語を聞いてからこっちをどうぞ。ダマされたと思ってクリックね。http://m.youtube.com/watch?v=rN0cFG9FK7cリンク
https://m.youtube.com/watch?v=rN0cFG9FK7c

さあ来たぞ。上野山崎町。万年町になって東上野となった。江戸最貧民の町の一つ。大道芸などの部落民の町らしいです。台東区役所あたりとしてスタート。




アキバの街を抜けて


筋違い御門が万世橋






その2に続く

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2014年8月 6日 (水)

30万アクセス

2005年7月にはじめた。2014年8月6日で30万アクセスを超えた。9年間。年平均33333ページアクセス。一日平均91。記事は308しかない。とにかく訪問していただいてありがとう。老人になりましたが、まだやります。

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2014年7月26日 (土)

初代竿敏三本継総印籠

以前に書いた拙ブログに、三本継、角東と竿敏という記事がある。クリックでリンク。
http://siokaze1.cocolog-com/sakanachann/2007/06/post_6b87.html
初代竿敏は三本継の対竿セットであった。なにが凄いって、対竿の誂え注文ほど凄いものはない。同じ調子、同じ節を二本揃えるのだ。もちろん、こんな注文は釣りキチのお大尽でなければいけない。しかも大ベテランだろう。その入手経緯は書いた通りである。
さて、今回。ものすごい謂れの竿敏総印籠三本継がウチに来た。拙ブログ記事を読んで、メールが来たことからはじまるのだ。磯釣りを引退して長くなるという1934年、昭和9年生まれの大先輩。ワタクシより12ほど年上。現在80歳。初代竿敏三本継だけは大事にして残していたという。初代竿敏の価値を知り、愛している現役磯釣り師に譲りたい。メールでヤリトリすると、さらに驚く事実が明らかになった。最敬礼し、三歩下がって影を踏まずとなった次第である。
なんと、ワタクシ新宿区下落合のすぐ近く、目白周辺に在住の御仁で、さらに都の西北の大学の先輩であった。上野治先輩である。しかも早稲田大学釣の会の創立メンバーであり、結集を呼びかけるポスターを作ったという。その経緯は、釣の会50周年のページにある。クリックでリンクしている。
http://homepage3.nifty.com/deka-yoshida/fcobkai/17100150syuunennreport1.html
当時の初代全磯連会長であった日本磯釣倶楽部の三谷嘉明をはじめ、長岡輝衛や神田ムサシ堂の敏蔭敬三を知っていて、教えを請い、磯釣りをする大学生として交流したという。この人たちは日本の磯釣りの歴史そのものという大先輩の方々である。日本磯釣倶楽部は1939年創立。昭和14年である。全磯連結成は戦後の昭和30年。上野治先輩は昭和33年卒である。そして31年卒の大川先輩からこの竿敏を譲り受けたという。竿敏の竿尻にはその日付、1959年7月19日と御本人が彫り込んでいる。昭和34年のことである。
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これは上野さんの奥さんが、撮影してくれた写真。よく撮れていて、ひと目で本物と分かった。
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実は初代竿敏はこの年に亡くなっているのだ。そして、二代目竿敏が、いわゆる丸付き竿敏焼印を押してその後の数年間、石鯛竿を作ることになる。大川先輩は大学卒業後3年目。上野先輩は卒業後1年のことである。上野先輩はその後、この竿敏をほとんど使っていないという。しかし、この竿敏は百戦錬磨の面構えである。大川先輩が三谷嘉明か長岡輝衛から譲り受けたとしても不思議ではない。大川君、石鯛やるならこの竿敏を使い給え、ということだったのではないか。ワタクシ的にはそういうことに決定しておこう。
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この総印籠三本継竿敏は剛竿に近い。三本継を三本並べて撮影した。重さバランスは、元竿580g、穂持ち290g、穂先85gで合計955gである。
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リールシートがオクトパス以前の板シートなので、20gしかない。オクトパスは90gである。その差70g。いずれオクトパスに改装するつもりだが、そうすると1025gということになる。
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角東と竿敏の重さバランスがブログの前記事に書いているので参照してもらいたい。角東と比較すると、長さが三間と長い他に、元竿が重くしっかりしていることが分かる。ついでに、前記事の対竿の竿敏三本継のバランスこそが、原初の石鯛竿である。戦前型からの歴史がある。このブログの先達の磯釣りにイロイロ書いているが、日本磯釣倶楽部が房総組と伊豆組が合流したころ、竿敏は布袋の二本継であったボラ竿に淡竹の元竿を継いで、三本継として石鯛竿としたのが源流であるからだ。スタイルとしては、穂持ちが並継の方が古い。
多分、竿敏の晩期に三本継でももっと強い竿を、という要望で作ったはず。しかし、いかにも仕舞寸法が長い。三間では長過ぎる。三本半継、四本継が生まれたのは当然だっただろう。
蛇足だが、残念ながらワタクシは早大釣の会とは無縁であった。中学、高校と同級生と釣りをやったことはある。その後、大学を卒業後、25歳くらいで磯釣り入門したわけだが。で、全磯連傘下の磯釣倶楽部の会長をやっている。不思議な縁で大学先輩と繋がり、また草創期の全磯連に竿敏を介して直結したのだと思っている。

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2014年7月20日 (日)

伊豆大島夜釣り2014年7月

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このところ定番になった熱海からの大島夜釣り。南伊豆渡船の夜釣りよりも楽だが、地磯に入るまでがタイヘンだ。だがジェット船で熱海から大島45分。夜釣り終了の朝6時から大島御神火温泉で汗を流す。これがとても良い。帰りは出船11時50分に間に合うように休憩室で仮眠。これは最高だ。
http://siokaze1.cocolog-nifty.com/sakanachann/2012/07/post-abaf.html
実は2012年の同じ例会の記事が当ブログにある。基本的にはほとんどおなじ。
渡船ならば、コマセ12キロだろうが、20キロだろうが、なんとか扱える。地磯はそうはいかない。クーラー、コマセバッカン、釣り道具を入れる磯バック。それらをまとめて担ぐためキャスター付き背負子フレームは必須。新しいフレームを買ってしまった。凸凹の磯道を行くのが苦行に近いのだ。平坦な道とは大違い。磯はそもそも道はない。岩の高低差もある。こういうところは老人ではとても無理。だからコマセがフカセ釣りより少なくて済むカゴ釣り。これなら、オキアミ3キロ冷凍アミ3キロで十分だ。
大島に昼過ぎに着いて腹ごしらえ。ベッコウ醤油のズケを使ったベッコウ丼。
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美味しかった。ついでにベッコウ醤油をお土産に買った。
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入ったのは、赤岩のとなり、二つ根とその右。二つ根があるから二つ根。そのまんまである。YouTubeにアップした動画が2本。磯の後ろの風景はあまり注目されないだろうが、気持ちのよい環境である。
http://youtu.be/MeKOAIsRQJk
http://youtu.be/9JDE11Uprq0
変わった可愛い花が咲いていた。ハマエンドウだ。そして、黄色いキスゲ。
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まあまあの釣果。
中学の同級生で地元在住の友達を近所の寿司屋に呼んで、宴会。魚持ち込みというワガママを聞いてくれる。美味いと大好評だった。日本酒の銘酒もグイグイ進んだ。とくに、大島特産のベッコウ醤油のズケ。伊豆七島ではワサビが取れないので、島トウガラシを刻んで漬け込んだ醤油を使う伝統がある。有名なのはブダイのベッコウ寿司。イサキの卵と白子。これも美味かった。


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2014年6月26日 (木)

2014年6月南伊豆大瀬夜釣

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このブログによく登場する潮風会OBの先輩から夕方電話。明日朝出発でイサキ夜釣りに行こう。先輩の今日の明日というパターンは珍しくない。先輩はさすがに老齢で腰が痛いとか、あそこが具合悪いが多くなり、もう渡船夜釣りはほとんど出来ないはず。ワタクシより5歳上の73歳。断れない。
最初は入間福寿荘予定だったが、ここは西がちょっとでも吹くとダメと渡船断る。慎重といえば、まあ立派だが。で大瀬に変更。大瀬の港のすぐ前の鵜の根に渡礁。
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暗くなるのを待つ夕方の写真。港向き。渡って見ると足場は良い。老人でも大丈夫。イシダイでは一級だそうだ。また、アジも出るところ。
この先輩は神津、ウドネは通いつめた人だが、コマセやエサはいつも有り余るほど用意する。後輩のワタクシは同量と従うしかない。最初のころウヘー、と言っていたが慣れた。夜釣りのコマセは冷凍アミしか使わない。えーと、一人分が5ブロック、15キロである。少しくらい釣れたって、コマセを考えたら貧果になる。今回がそうだった。イサキ20匹、アジ少々。だいたい上物釣り、コマセ釣りなんて、過去はあんまりやってこなかった。メジナ釣り然り。メジナじゃなくて、基本はブダイである。チョー古い磯釣り師のタイプである。エヘン。いばってどうする。でもここ10年くらいは人並みにやっおていますよ。でもやはり下手だから、いつも大したことない。あー、ひと昔前の神津のジャンボイサキ夜釣りはやっています。50cmのイサキも釣った。平均40cmです。神津夜釣り、ウドネ夜釣りは釣り歴長いからけっこうやってますが、道具が両軸リールに4号竿、たまに3号と異端ですから、人にどうこう言えるものでもありません。
すぐそばを、シーカヤックのご一行様が渡っていきます。すいすいと気持ち良さそう。
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二人とも体力落ちた老人ですから、磯渡しで重い荷物が困る。下手するとぎっくり腰になっちゃう。イシダイ釣りよりも明らかに重い。今回は3キロの冷凍アミブロック4個と付けエサブロックの荷物が一番重かった。氷だけのクーラーは大したことないが、沖上がりの帰りのクーラーが大量だったら重くてどうしようと心配。大した重さにならなかった。大きいのが35cm。


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http://youtu.be/_pqEVH_Qu6w鵜の根でパンした動画です。
http://youtu.be/_pqEVH_Qu6w

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2014年6月 8日 (日)

アンバサダーその7

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リールカテゴリーを見ると、過去かなり書いたが中断している。アブアンバサダーは2007年にその6までいってそのまま途絶えた。当時検索で来た人ごめんなさい。
久しぶりにアンバサダー6000の初期型。というのは、このところメジナとイサキの磯釣りにはこれを多用しているから。対抗相手としては、クロの6000C、5500C、5000Cがあるが、どうせ使うなら、もっとも古いリールという趣味の問題につきる。60年から65年くらい前のリールだが、まったく色褪せない。普通に使える。時代を超える名機とはこういうもんだろう。アンバサダー出現以前と出現以後という言葉が通用するのだ。つまり画期的、エポックメイキング。釣りは、なんでもいいから、ただ釣れればいいってもんじゃない。楽しみは、病膏肓にいる、までいかないと。やまいこうもうにいる。ゼーンゼン分からない。う、仕方がない。
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このリールより古いアンバサダーは、レコードアンバサダーと呼ばれる5000だ。コレクターズアイテム。アメリカの世界最大のオークション、ebayにもほとんど出ない。出たら世界中のマニアが狙っているので高価。ワタクシは持っていない。そこまでのコレクターではない。健康か病気かといえば、本人は健康のつもり。あ、きみきみ、どこがあ、といわないように、、。これは、つまり6000の初代です。4スクリューと呼ばれるヤツです。その後、3スクリューとなった。ハンドル側ではないサイドプレートにネジが4本。3スクリューはそのうち1本が、ネジなしの貫通軸になっているヤツのこと。さらにリールのフット裏にはシリアルナンバーがない。すぐ後ほどに、まったく同型でシリアルナンバー刻印が始まった。ないのが最初期型。オールドカメラ愛好家ならシリアルナンバーって日用語です。一台一台に通し番号を振って行く。カメラの名機ライカのシリアルナンバーの研究が有名です。
赤の6000はいいねえ。日本で黒の5000Cのころ、黒の6000Cはまだなくて、6000といえば赤しかなかった時がある。パワーハンドルにも付け替えていない。それでも力のある中型メジナでも普通に釣れるよ。そりゃ淡水魚とはスピードとパワーが違います。
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このあと、レコードリールを2台。あの伝説のレコード2100があるんです。ずいぶん前にebayで。はい、80円の時代です。100円越す今は無理。

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2014年6月 2日 (月)

2014年6月下田爪木島夜釣


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潮風会例会は下田が続く。三信丸貸切で大きな爪木島の貸切。微風で晴れ予報。
ところが西が結構吹いていた。爪木灯台側はやりにくい。風裏に行くのは面倒だからそこでやった。しかし潮流も裏だった。上り潮が早く、こちら側が裏でほとんど流れない。やはり風を背にして上り潮が当たる外浦側に移動すべきだった。フカセ釣りやったっり、カゴ釣りやったり、ぱっとしない。
夜中に一時間くらい風がなくなった。その時、足元のフカセ釣りでイサキがバタバタと15くらい釣れた。なんだろう。食いが立つのはわからない。全員苦戦だがそこそこ釣れた。イサキは最大32cm止まり。大きさイマイチ。こちらは釣れなかったが、大きいゴマさばのラッシュもあった。あとはメジナ、25を超えるムツが2つ。

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これはフカセ釣りの時の明るいうちのスナップショット。2号竿に初代abuアンバサダー6000リール。大変レアーものです。アメリカのebayオークションで数年前、現在のように円高ではなくドル80円の天国のような時に落札しました。見る人がパーツの外観を見たら分かります。ワタクシもコイツに目が止まりました。ハンドルの形が違う。フット裏にシリアルナンバーがない時代。これが最初期型の6000です。まあ、かなりのレベルのコレクターズアイテムです。普通より高価ですが、あまり跳ね上がらないで幸運にも落札できました。世界一の衆人環視オークションでもエアポケット状態に近い時がある。
その時の仕掛け説明写真。Image_3

特徴は。夜釣りはハリスが絡むトラブルがある。それが見えないわけだから、少しでも少なくなるようにテンビンを付けるべきだという、恐ろしいほど釣りまくる三島の釣り道具屋さんから教わったもの。
ついでに、両軸遠投カゴ釣りリールの定番中の定番アブ6500CSロケットと磯竿4号の仕掛け説明写真。両軸リールの竿には木の石突きがないといけないというのが、こだわりの持論。かなり古い、在りし日のNFTのカーボン竿。
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この仕掛けは師匠から教わったもの。やはり飛行中ハリスが絡むトラブルを少なくする工夫。

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2014年5月17日 (土)

紅白仏合戦写真展「仁王さんと観音様」

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大江戸線落合南長崎にあるアイテラスで無料。仁王写真家の渡邊 丈士さんと、巨大仏像写真家の半田カメラさんのコラボ。
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東京新聞の記事で大仏女子の半田カメラさんと写真展を知った。読んで、いいねえ、おもしろいじゃないの、なにアイテラスか、ウチから歩いて10分。仁王行脚は全国1400組。一対ですから2800体だろうな。大仏女子である半田さんは全国120ヶ所。今回はほとんど観音さま。大船観音、高崎観音、東京湾観音は誰でも知っている。会場で人気投票をやっていた。美人は大船観音だと思うけど。仁王さんね、国宝重文級の運慶、快慶もよいが、近世の俗っぽい真っ赤な仁王さんが味を出している。そのレベルは普通は世間には知れ渡らない。その地元でも、注目されていないかも知れないような仁王さん。お寺で山門を作り、資金があれば仁王さん一対が付き物として当然ということだろうが。仁王さん欲しいけど省略ということもあったのだろう。こういうレベルの仁王さんは、多分地元自治体観光課で取り上げられるのがセイゼイで、下手すると全く無視だろう。全国に知られるなんて超変人マニアでないとあり得ない。
こういう写真は投稿型のネット上の仁王さん写真図鑑、ネット上の巨大仏像写真図鑑になったら最適じゃないかな。同好マニア数人が集まればもっと充実する。でも、個人でプロ写真家として著作権重視路線だとどうかな。クレジットのスタンプを画像の端に入れるということはよく見るからに、無断コピーには一定の歯止めになるのかならないのか。写真のウイキペデイアを目指す図鑑ドットコムさんの範疇だな。橋渡しくらいはできるけどね。

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2014年5月15日 (木)

2O14年5月下田石取根

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田牛の喜一丸から渡船。ここは、たたみ屋という屋号。夜中は満天の星空。4時半ころの朝焼けが綺麗だった。風弱く、波静か。絶好だが海水温が不安。潮流が上りでも下りでもイケるハナレを希望して渡礁。若い娘さんの女船長は9時か10時まで下り潮だろうから、トヨ根に向って遠投とアドバイス。ここの女船長はテキパキと指示を出すから人気がある。
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潮は実は上りだった。ハナレから40mくらい沖は右から左に早い。オニヤドにはアタリがあるが、小さくて食い込まない。ハナレの左側は潮裏で流れなし。潮は石取の裏側のナライ角に当たっている。本場とハナレの右側は潮裏になる。裏本場は横にかすめているかと思うとそうでもない。小根がブロックしているのか。だからハナレの左側もダメ。ウチの会でもメジナイサキをやった人はボチボチだが、貧果を出ない。イシダイ飽きてルアーやった後輩は良いカサゴ。メタルジグだって。

上りに変わってくれないかと期待して待っていたがダメ。海水温はまだ16度台で上昇しない。アーア。神子元に続いてまたダメかよ。当日はナギで平根にもトヨ根にも渡礁していた。イシダイはどこもダメみたい。神子元のカメ根は出ているようだが、当日はどうだったのかな。
ハナレから裏本場方向。小根が見える。
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横根から遠くに利島。
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平根から神子元、遠くに神津島が一直線。
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ハナレから本場を見る。
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2014年5月 6日 (火)

2014年5月6日、大回り乗車

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6時45分髙田馬場駅。ワタクシ、テツオはてっちゃんとよばれていた。だから鉄道ファン初級であっても不思議はない。これから大回り乗車で、夕方目白を目指す。140円の切符。いわゆる大回り乗車。大都市近郊区間ではどのルートでも最安値の運賃で計算するという規則があるそうです。今回は茅ヶ崎から八王子、八高線で高崎、東北本線の小山までまた横に行って上野から山手線で目白駅の予定。
まず東京駅に行って、駅弁を買う。全国の有名駅弁がある。Image_2
長距離記録には始発に乗って、終電がマニアレベル。だが、犬の散歩があるので夕方には帰らないと。
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八高線高麗川乗換えで、1時間待ち。こんなに本数少ないとは思わなかった。一筆書きならOKだが、同じ駅を二度通っても交差してもダメ。ここから川越行が分岐してるから、そこから大宮も考えた。特急券もグリーン券もOK。とにかくどこをどう行こうと140円で目白駅下車OK。特急に乗って時間を稼ぎ、距離を伸ばすには接続の時刻表首っ引きの調査必要。初級者はそこまではしない。
八高線は良かった。電化されていない。2両編成のジーゼルカー。畑ばっかりの田舎を走る。駅の風情がいい。無人駅もあった。Image_4
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高田馬場ー東京駅 13キロ 17分
東京駅ー茅ヶ崎駅 58.6キロ 58分
茅ヶ崎駅ー橋本駅 33.3キロ 1時間3分
橋本駅ー八王子駅 8.8キロ 11分
八王子駅ー高麗川駅 31.1 キロ 50分
高麗川駅ー高崎駅 65.3キロ 1時間30分
高崎駅ー小山駅 91.7キロ 1時間50分
小山駅ー赤羽駅 67.4キロ 1時間11分
赤羽駅ー目白駅 6.7キロ 17分
もうじき赤羽駅だ。
上野まで行かないで赤羽で乗り換え。
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2014年4月23日 (水)

潮風会HP引越し再開

ウチの潮風会のホームページの引越しが完了。
全日本磯釣連盟 関東支部 潮風会。
実は、事情がありまして、このブログをやっているワタクシが会長をひきうけざるを得なくなりました。
よろしくお願い致します。
このブログのリンクからもいけます。
現在相互リンクの更新を諸方面にお願いしているところです。また、新たなリンクも大歓迎いたしますのでよろしくお願いします。
http://siokaze.cool.coocan.jp
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2014年4月神子元島

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潮風会の4月例会。磯割は亀根、青根、沖青根。凪ならなんといっても亀根に。磯釣り師なら誰でも乗りたい一級磯。当会の担当者は、強く要望を入れていたが、
当日は北東系の風かなり強い。予報では9m。さらに満潮が朝7時だから無理。海水温16度台。条件悪い。この風は本島を背にするので青根、沖青根はなんとかできるだろうという見込み。
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ワタクシは、後輩と二人で青根に乗った。足場は猛烈に悪い。老人向きではない。鳶職の若い衆向きの磯だ。一番右端の釣り座に入った。釣り道具を置く平なところがない。
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この釣り座はそうとう小さく悪い。
潮は下り。青根ではそれほど早くない。止まったり動いたり。
オニヤドカリのエサでマジメにやったけど、ダメだ。エサ取りのアタリばかり。
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沖青根には当会の三人が乗った。見るからに足場が悪い。メジナとイサキ。こちらはボチボチ釣れた。本島の本場に入った会員はダメ。水道の潮の流れが早かったという。
結局、今年の水温上昇がワレワレの例会日には間に合わなかったことに尽きる。

ダイバーを満載した船から、30人くらいがダイビングするようになった。
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2014年4月14日 (月)

落合囃子連合睦30周年


記念祝賀会が2014年4月13日神楽坂アグネスホテルで行われた。
江戸中期から、阿佐ヶ谷囃子(田淵流、中間囃子の発祥地)が井草、貫井、荻窪、中野、鷺ノ宮、新井、戸塚、鳴子、落合、遠くは所沢、青梅などの青梅街道沿いの農村に広まっていった。うーん、なんのことだかよく分からない。
途絶えていた落合囃子を復活させたわけだ。落合囃子は、鷺ノ宮囃子系の戸塚囃子の田淵流、中間囃子を継承している。分からないことには変わりはない。戸塚村というのは町名変更で高田馬場になりましたが、早稲田村の西ですね。その西が我々の落合村です。戸塚囃子は山の手を代表する囃子のひとつ。新宿区の無形文化財になっている。ググってみると、祇園囃子、葛西囃子、神田囃子、目黒囃子なんてのが出てくる。わけがわからないことには変わりはない。ま、とにかく地域活性化、伝統継承として、立派であり、意義がある。
江戸時代から明治くらいは完全農村。その後山手線の中あたりは山の手になっていった。このあたり地区の祭礼の伝承ということであります。
出席者を見ると、氏子地域の町会の幹部、祭礼睦会の幹部、各地区の氏子総代、子供がかかわるのでPTA関係者、各地区の消防団幹部、地元区議会議員の一部とか、地元有力者一覧の様相を呈していたよ。Image


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2014年4月 8日 (火)

フライトジャケットMA1その2

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これはもっと古いタイプのMA1。1950年代らしい。特徴は左胸に意味不明の布が縫い付けられている。これは酸素マスクのホース固定用のクリップかなにかをここにセットするものらしい。Image_2
さらに両脇のすぐ前になにかの固定用のホックみたいのがある。それぞれ詳しい効能書きがあるのだが省略。裏地は緊急用のオレンジ色になる前。ポケットにはフラップはない。リバーシブルで着られるように裏にもポケットがある。払い下げ品の本物か本物ではないのか。どうもレプリカじゃないかなと思っている。メーカーは一番多く官給品として納入した会社である。Image_3

これ以上に突っ込むと、本物のマニアになってしまう。ワタクシはとてもそんなレベルには突っ込むことはできない。ネットで20着か30着バリエーションをコレクションしている人がいて、解説を見たことがある。しかし、どういうネットサーフィンでたどり着いたのか2度と探せない 。こういうことはよくある。知人の中で5着くらい持っている人がいる。けっこう珍しくないのかも知れない。
左肩の下に空軍のアイロン圧着パッチがある。これはいい枯れ具合だ。。
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2014年4月 4日 (金)

フライトジャケットMA1

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もうひとつの代表的ジャケット。実用ジャンバーとしてフライトジャケットを意識しないで見られたり、着用されている部分もある。ちょっと調べると色々な情報が出てきてマニアアイテムであることが分かる。それはほとんど切りが無いほどである。だから触れないほうがなんぼも良い。これすごくあったかいんだ。中綿が入っている。軍用だから、有無を言わせない性能だ。もうひとつもっと初期のものをもっているので次回あっぷする。
最近は、最近でもないか、特命係のかめやまあ、、、でのべつ目に入ってくる。もうひとつすてぃーぶまっくぃーんでも。亀山もでる、マックィーンモデルが売られているくらいだ。もちろん軍用払い下げ品ではない

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このモデルのころは、ポケットの中にタグがあって、形式とか年度とかあったらしい。まったく見えなくなっている。
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亀山とマックィーン。

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2014年4月 1日 (火)

神田川の桜

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西新宿で中学同期会をやった後、桜が一挙に咲いた。神田川の桜。川に沿って、延々と続く遊歩道がある。Image_2

犬のお散歩コースでもある。両側から川に張り出している。心がウキウキする。ウキウキするというのは暗くなるの反対で良いね。あたりまえだ。しかし、心の持ち方でもあるのよ。
ともかく、イケドモイケドモ、桜。Image_3

お酒呑み大好き人間もウキウキするだろうが、あまり飲めないワタクシは、この部分は少ない。
青梅街道の淀橋から、下落合の旧合流点まで、新宿区と中野区によって整備された。少し中断されて、高田馬場近辺も完成度低い。
都電荒川線。
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明治通りの神田川と妙正寺川の新合流点から江戸川橋まで。このあたりは豊島区と新宿区によって整備されている。江戸川橋の椿山荘下にくると文京区と新宿区だ。文京区側は遊歩道が広がって細長い公園になっていて世間でいうお花見のできるスペースがある。Image_5
新江戸川庭園、もとの細川邸。永青文庫が上にある。細川家の文化財がある。松尾芭蕉もこのあたりに関わりがある。神田上水。ゆかりの神社もある。< class="image-full" alt="Image_8" title="Image_8" src="http://siokaze1.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2014/04/01/image_8.jpg" border="0" />
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だいたい、お散歩移動型である。パターン別とすると、玉川上水型かな。目黒川にもありますね。世田谷には旧川筋にけっこうあるような。
さくらといえば、WOWOWでやった寅さん全作品をDVDに落としたファンとしては、寅さんの妹だが、初見桜という出来すぎのお名前の可愛い中学時代の同級生がいた。騒いでいた友達がいた。ワタクシはクラスも違うし離れた距離から見ていただけ。中学で初めて見た人、初見桜。出来すぎだ。あの人は元気だろうか。散っていないだろうな。会ってみたいなあ。お話ししたかったんだよと、話してみたい。残念だが情報がない。


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2014年3月30日 (日)

潮風会HPちょっと中断

全磯連関東支部潮風会のHPは現在引っ越し作業中です。リンク切れとなっています。訪問された方、申し訳ありません。数日中にNIFTYで再開予定です。ちょっとお待ちください。

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昭和37年の風

西新宿の高層ビルのお店。
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はい、新宿区立落合中学校に吹いていた風です。1962年か。50年ちょっと前だよ。高度成長のはじまりだった。団塊の世代のはじまりだった。ウーンと唸るしかない。半世紀、誰にでも幾星霜はそれぞれある。
いつ死んじゃうか分からないのだから、必ずみんな来てよね、、、。いつもこう言っている。数年見ていなかったマドンナの一人が死んじゃったと知った。ちょっとショックだったな。他にも、あちらに行った人がかなりいらっしゃる。
年とってから、できるだけたのしいこと、オモシロイことの中で生活したい。だれでもそりゃソウダロウガ、しがらみの中で生きるしかない。お前は趣味で遊ぶことしか考えていないのかって、ですか。いや、大きくは、日本社会の行く末だって考えますよ。考えざるを得ないもんね。


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2014年3月18日 (火)

フライトジャケットG1

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A2とならんで、革のフライトジャケットの代表です。空軍というか当時陸軍航空隊採用のA2はすでにWWⅡのころ布ジャケットに代替されて官給品ではなくなってしまった。しかし、海軍ではG1は現役だった。
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このG1は68年会計年度納品もので、1970年代初頭のころ上野の松崎商店で買った。メーカーはブリルブロス。40年以上前から着ているので風格がある。米軍払下げ品と呼ばれた品物。松崎商店は実用古道具屋の雰囲気があった。ほとんどがガラクタだった。羽毛シュラフとテントとかキャンプ用品が払下げ店の主力だった。特に米軍羽毛シュラフが人気だった。当時は寝袋ともいった。夏用のカーキ色毛布の寝袋もあった。朝鮮戦争やベトナム戦争で戦死した兵士を包んで輸送機で日本に来たものがあるという伝説があった。
そのころ、G1は注目されていない。イメージは土建屋さんの社長。今でも普通の人にはそうでしょうね。1986年映画のトップガンで人気が出た。トムクルーズ主演。30年くらい前か。
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海軍フライトジャケットはワッペン、パッチは自由に貼って良いらしい。ウチのG1にもあったが、全部はがしてしまった。残念だ。
土建屋さんでも、現場の人御用達にはドカジャンと呼ばれるジャンバー。ウチにもありますよ。昔の暴走族が愛用したともいわれてますが、農業とか出稼ぎ労働者も着ていた。たまに着ますよ。これ好きです。そういう底辺の労働者と連帯する意味もあります。実用です。他人が見てドウコウというものではない。冬の犬の散歩には写真のようにキャップの上からタオルでホッカムリがカッコイイ。首にはタオルで襟巻き。いやほんと。日本の農村の民俗をバカにするな。といいたい。
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A2の補足。操縦席での中尉の階級章。そうか、こういうふうに着用されたのだ。
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これは、LLビーンの、A2タイプの革ジャン。ウチのはあまり似ていない実用タイプ。もう少し似ているタイプの製品もある。シンサレートと呼ばれる中綿と横から突っ込めるハンドウォーマーポケットがある。

なんだかジャンバーが続いてますが、フライトジャケットのもうひとつの代名詞MA1がありますのでそのうちに。いやマニア度は低いですから。

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2014年2月25日 (火)

フライトジャケットA2の2

フライトジャケットA2の肩に階級章のある写真をやっと発見。これで、ウチのA2はトンデモ革ジャンや、トンチンカン革ジャンではないことがハッキリした。探してもほとんどない。ホントにごくごく珍しい品物ですな。左の人の肩に2本の大尉階級章。
ついでに、A2の魅力あふれる写真を探した。
いいねえ。いや、ジャケットではないよ、まして、初老を通過した人間がA2を所有していても、なんの関係もないっていうのですか。そりゃそうですがね、、、。ささやかな自己満足くらい、いいじゃありませんか。
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