2008年7月 6日 (日)

バルナックライカその4

Img_2514 Img_2515 この雑誌を見て、最初の数秒間はレレレ、なんだこれは、、、状態になる。横書きで右から左にライカと書いてあるのだ。現在ではこんなの見慣れていないから奇異そのものだろう。1935年、昭和10年の1月号。アルスの発行で定価60銭。堀江宏主幹とある。ライカの第一人者だったそうだ。これはかなり以前に神田の源喜堂に写真集を探しに行った時、ついでに求めた古雑誌。20年くらい前かな。神田の源喜堂はその筋では一番の有名店です。アルスは写真専門の出版社として知られていましたね。

中身はなかなか面白い。堀江宏の記事で、ライカの特質、という小文がある。ライカの優秀さを無理やり論じている。ライカ、コンタックス論争の発端になったものだろう。しかしながら、ライカファンのワタクシが読んでも、アバタもエクボの羅列といわざるを得ない。まったくもう、眼鏡が曇っている。これではコンタックス一派が怒るはずだ。そのくらい酷い。論点は、1ブリキ製、2後壁取外し不可、3一枚撮り、4巻き戻し装置、5レンズ交換方式、6横走りシャッター、7ゴム布シャッター、8千分の一シャッター、9ライカシャッターの特長、10速度調節が廻ること、などなど、だいたいが強弁と擁護である。もしも、ご要望があれば、いつか書きましょう。

Img_2520 これに対して、佐和九郎が論争を仕掛けることになるのだが、面倒なので省略。書籍広告で佐和九郎と堀江宏が対向で出ている。アルスの大広告主であったカールツアイスからクレームが出て、月刊ライカという誌名を廃止せざるを得なくなったというオマケがついている。

Img_2518 Img_2519 佐和九郎と聞いて、佐和式露出計算尺が出てきた人。あなたは立派だけど、ちょっと危ない人です。え、持っているっていう人いましたか。脱帽です。でも、少し心配な御仁です。ワタクシですか、持っておりません。ヤフーオークションに出ていたのを見つけました。欲しいなと思いましたが、踏みとどまりました。以前の記事に書いた関式サロン露出盤は亡父の遺品として持っておりますが。

記事では、パウル・ヴォルフのライカ写真術講和、という小文がある。この人は有名ですね。訳が大田蕾花。こういう名前の人がいたということは聞いたことがあるでしょう。いわゆるライカ本で何回かこの名前を見ておりました。オスカーバルナックの生い立ちとライカ誕生の経緯は、ここにしか書かれていない貴重な情報が少なくない。

記事の中で、堀江宏の、ライカを買った話、には昭和2年4月15日にライカA型を買ったとある。ライカ7年に数ヶ月足りないと書いている。特別割引で206円75銭。番号2357で3型に改造して愛用しているとある。おお、ワタクシのは2409ですが、、、そうでしたか、、うーむ、、、と堀江さんにうなずいたのである。

Img_2512 広告ですが。表紙裏の表2とその対抗が浅沼商会のスーパーネッテルとコダックのレチナ。どちらもいいですね。スーパーネッテルはテッサー3.5付で435円。レチナは195円。スーパーネッテルは亡父が持っていた。コンタックスよりも一番美しいといっていた。ワタクシもフィルム5本くらい撮影したことがある。残念ながらシャッターが壊れた。現在は行方不明。このレチナは使ったことがないが、レチナⅡAならばワタクシが安いのを買って使っていたことがある。コンテッサと甲乙つけ難いほど好きだった。これもシャッターが壊れた。

Img_2522 紙面と掲載写真は時代の臭いがフンプンとしていておもしろい。

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2008年6月16日 (月)

バルナックライカその3

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1950年、ライカⅢf発売。シリアル525001から生産。ブラックシンクロと呼ばれる。今回のⅢfはシリアル77万台である。レッドシンクロのセルフ付と呼ばれ、1954年685001から生産が始まって、1957年837720で生産中止された。なお、M3型は1954年だから同年に生産開始である。並行して生産された。

Imgp5159_2 このⅢfには以前の機種にはなかった閃光電球発光の同調装置が組み込まれた。ブラックシンクロからレッドシンクロという改良変遷の歴史がある。シャッター幕が動き始めて電気信号を出す装置。閃光電球ってフラッシュですね。現在では現物を知っている人はお年寄りだけでしょう。はい知っていますが、何か。で、使用経験のある人はもっとお年寄り。僅かな期間ですけど、たまには使った経験ありましたけど。何か。フラッシュガンといって、独特な傘を開いて、中央に電球をセットする。ところで、中学の時、同じクラスの写真屋の息子がコニカⅢにフラッシュでバシバシ撮影していた。遠足とか修学旅行。どれも素晴らしくシャープに撮れていた。写真を見て、うーん凄いと思った。だいたい、子供というか少年が、その時代の高級カメラのコニカⅢを使うか。それがガンガン使いこなしていた。その当時、自分のカメラではコントラストが悪くて、眠いボケ写真しか撮れなかった。さらに手振れがつきまとう。その頃、ワタクシのカメラはアメリカのボルシーB2だったかな。どうしてもビックリシャッターになってしまう。そういうレリーズ機構なんです。なつかしい。あー、書くとドンドン横道に入ってしまう。ボルシーB2を使う中学生。アメリカの小さなユニークな普及カメラです。うへーーと声を出した方。分かっていらっしゃいますね。しかし、かなり泥沼に浸かっている方です。知っている方は少ないでしょう。昭和30年代中ごろ。やっと戦後が終わったころ。アメリカ工業がまだ輝いていた時代。リアリストと並んでヘンテコなカメラかも。質感は似ています。ボルシーB2についてはそのうちに。

ところで、佐貫亦男に飛びます。この人は明治41年、1908年生まれのヒコーキの専門家だった人。1997年逝去。昭和6年東大工学部航空学科を出ている。プロペラ設計の専門家。知る人は知る。ワタクシも何冊か読んでいます。バルナックライカのファンで、「ドイツ道具の旅」という本に「ライカに対する愛着の根源は、そのボディーの握りやすさ、あるいは保持しやすさにあると信じる」と批評している。

また「ライカは、私の眼であり、手である」とは「ドイツカメラの本」の裏表紙の言葉。この本では「ライカは文化で、そしてドイツである」と書いている。

この人はライカM型を評価していない。ただでくれるといっても使いたくないカメラとまで書いている。M型は大きく、重く、旧ライカの美点はほとんど捨てたとまで極論している。読んで驚いた。でも、まあ、ワタクシも同感だ。M型嫌いのバルナック党派の代表であろう。

なぜ。佐貫はライツ社の大局観の判断錯誤を強烈に指摘している。戦術の失敗ではなく、戦略がダメだった。より重い失態。「旧ライカの伝統と名声を守りたかった」「レフレックスカメラが今後の主流と判断しなかった」なぜ思い違いをするかというと、あくまでも自己の立場で物を見るからである。と書いている。ドイツの民族性まで及んでいく。さらに、「ドイツ民族は哲学に長けているが、これなどは人間に対する洞察がないためかも知れない。多くの人間は、高級な哲学がなくても生きていける事実を知らないから哲学に打ち込めるのであろう」さらに、「ドイツ道具の旅」あとがきにはこう書いている。「大きい戦略をもつイギリス人は、細かい道具にこだわるドイツ人をやや軽蔑の心で見る」「道具に目の高い(だだし、道楽用と戦争用に限って)イギリス人がライカを尊重することを注意する必要がある。彼らに評価されてこそ道具はほんものだ」と書いている。なるほどね。ワタクシがつたない批評を書く余地はない。しかし、ともあれ、バルナックライカは美しい道具である。さらに35ミリカメラを切り開いた伝統と名声がある。

Imgp5158_2 レンズは沈胴のズミクロン50ミリF2で、名声の高いレンズである。1953年発売。ズミクロンの優秀さは当時いやというほど聞かされたはずである。神話となっている。ズミクロンにも放射能レンズがあるがウチのは残念ながら放射能はない。ズミクロンの前のライツの主力レンズはズミタール。戦前の1939年に発売。比較するとズミクロンは短くなっていることが分かる。

Imgp5155_2 距離計窓に付いている黄色のアタッチメントは二重像合致を見やすくするためのもので、追加アクセサリーとして生産されていたもの。ワタクシでも講釈を書き始めるとキリがないのでやめる。ライカはあらゆることが過去に無数の専門家や重症のマニアによって書きつくされている。つたないワタクシが書く余地なんて実はないのだ。マニアはすでにご存知であり、門外漢にとっては外国語を聞いているようであろう。シロートの視線から門外漢に魅力の一端を伝えることを考えているが難しい。

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2008年5月17日 (土)

高田馬場の手塚治虫

JR高田馬場駅の発車合図は鉄腕アトムの曲。タンタンたらーらランというテレビアニメでお馴染みのメロディ。このメロディーをリアルタイムで知っている人は相当昔の人だろう。若い人は知らないかも。再放送で知っているのかな。いつごろからこうなったのか、よく覚えていない。昔は単純な発車ベルで、それが電子チャイムになった。国鉄民営化以後は間違いないけど。それぞれの駅がそれぞれの理由から選んだ。公募したのかな。プロレスでもプロ野球の個人選手にもテーマメロディがあるという。

印象深いメロディーと意識に残らないメロディーがある。恵比寿駅の第三の男のテーマは耳に入るとドキッとするほどで印象に残る。つまり、空白の心に、ああ恵比寿かと思わせる威力がある。メロディーの印象が強い。オーソンウエルズの映画のいくつかの場面までも浮かぶようだ。高田馬場の鉄腕アトムもそれに近いのじゃないかな。

鉄腕アトムのストーリー設定では、高田馬場に科学技術省があって、生みの親の天馬博士だったかな。また、虫プロが西友の少し先の早稲田道りに面してあった。現在の虫プロは早稲田通りをさらに下って、小滝橋の少し手前、馬場を背にして左に少し入ったところにある。なぜか高田馬場を離れない。

で、今年の4月初めに高田馬場のガード下に新しく出来上がったのが以下の写真。耐久性はどのくらいあるのだろうかと、気になる。昔から謎だったのは高田馬場のどのあたりに科学技術省が想定されたのだろうかというつまらないこと。そして、なぜ高田馬場。単に手塚治虫の仕事場だったからだったのかな。どうして。

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2008年5月 3日 (土)

ハッセル達人・ステレオ写真集・番外

最近のステレオ写真の世界をかいま見てのことですが。どうもステレオ写真の世界はデジタルカメラ2台方式になっているらしい。しかし、カラーポジステレオの段違いの見え味というか、切れ味を長年経験しているワタクシにとっては疑問が少なくない。ステレオ写真の見栄えの順番はカラーポジペア、紙焼きカラープリントペア、美術写真印刷の網線数の多い優れた印刷ペアもの、最後にパソコンディスプレイのデジタル写真のペアとなると思う。美術印刷レベルと最良のディスプレーは拮抗してきたかも知れない。同面積比較でどうなのかな。まだまだかも知れない。

ハッセルステレオ達人の前田さんは、写真集のあとがきにデジタルカメラ2台で撮影した画像をパソコンディスプレーで見るステレオ写真は縁がないだろうと書いている。よく理解できる。リアリスト判と35ミリフルサイズしかやっていないわけではなく、ワタクシも66のお手軽コースであるスプートニクもやっております。日本ステレオ写真の66ステレオビューアーが定番であります。

さらに、長年、レンズの味とか切れ味とか訳の分からない言葉を唱えて、カラーポジをカラーボックス上でああでもない、こうでもない、色再現のツヤとか剃刀の解像力なんぞとビューアーレンズで眺めてきた特殊な人たちの末端に加わっておりました。最後尾に近いのでたいしたものではありませんが、カラーポジ至上主義です。マクロスイターの比較研究なんぞといいだしたらすでに廃人ですが、古いレンズの色気や官能だとか、健康な人には理解不能な世界から見るとパソコンディスプレーで見る写真は少しも面白くない。

デジタル一眼の画素数の大きい最近の高級機は、交換式高級レンズの解像力も良いので、いくらでも大伸ばしに耐えるだろう。全紙でも全倍でもびくともしないかも知れない。また一方でコンパクトデジでも1000万画素を軽く超える時代。でも写真はレンズのウエイトが大きいから、こちらはレンズの性能次第。ハイスペックレンズを装着したデジタル一眼の2台方式でステレオ撮影したとしても、鑑賞はどうなるのだろうか。ここでひとつひとつ細かくは述べないが、ステレオファンであれば、平行法、交差法、裸眼立体視、ビューアー、透明ポジ、紙焼きプリントの差異を含めて、その原理と制約、利害得失は分かるはずですよね。よく分からない方には申し訳ないが解説は蛇足なので省略。

ところで近い将来、パソコンディスプレイの進化はあるだろうが、すでに飛躍的な余地は残されていないと考える。極端にいえば、ディスプレイー上の平行法立体視では限界が見えていると思う。以前にこのブログで言及した航空写真用実体鏡のレンズ性能の良いものがパソコンディスプレー用に改良されたらなんとかなるだろうが、こんなものが普及するとは思えない。25cm角ペアーまでいけるらしいが、ものものしくて使う気にもならないかも知れない。ただ見えるだけのレンズと収差のない高級レンズは別物なのだ。ディスプレー上でも大画面の交差法立体視ならば、より大きな画面で、20cm角から30cm角のペアの立体視は可能かも知れない。また、以前に言及したセオドールブラウン先生の片目に使う平行法スコープならば、15cm角から20cm角のペアくらいは可能だろうと考える。原理的にはブラウン先生の方式が交差法より優れているはずである。15cm角のパソコン画像というと同面積の紙焼きプリントの画像品質に及ばないが、将来は肉薄するかも知れない。でも結局はその程度だろう。ワタクシに言わせたら、やはり夢がない。夢ならば、飛躍してホログラムの進歩、実用化だろう。スターウォーズの、例の姫が出現するやつだ。あるいは、適当な枠の中に奥行き視差のある視覚が出現する装置。

振り返って、ハッセル達人の写真集の大伸ばしの片目の写真のグレード。これを交差法で見てみたい。

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2008年5月 2日 (金)

今年も薬王院のボタン

アクセス解析で薬王院のボタンのフレーズ検索から来る方が何人もいらっしゃることが分かった。たしかに昨年アップしている。なんだ去年のか。今年がなくて申し訳ない。見頃になりましたなんていう情報が良いのでしょうが。んー、一応撮影しています。例年、4月29日の旗日がベストと思っている。地元の年中風物ですから。でもねえ、、。ステレオ撮影もしているのですが、なんとなく萌えるものがない。しかし、定点観察ということもあるし。。いつもの解像度の640くらいから800から950まで大きくしてみました。

ステレオ分はフィルムとデジ一眼アダプター。整形が面倒くさいから暇があって、気が向いたらそのうちということでお許しください。

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Imgp5122 ついでに、薬王院のすぐ隣の、最近まで畑であったところ。野鳥の森公園という小さな公園の前でもあります。東京の新宿とは思えない、時間がズレた雰囲気。いかにも野良というかダラリとしたオーラが。

Imgp5123 さらにウチの隣のバラの垣根。これはモッコウバラといって、ひとつひとつは1cmくらいの小さなバラです。集まっていると一体となった大輪に見える。これが密集しているところはたいしたもんです。

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ハッセル達人・ステレオ写真集・その2

ハッセル達人の前田さんとの出逢いはこういうことがあった。十何年前かな二十年にはならないと思いますが、ウチの子どもが中学かそこいら。神宮花火大会に家族4人でいった。ワタクシはペンタックス2台をステレオバーに乗せて三脚を立てて座っていた。基線長は1mくらいです。隣に座っていらっしゃったのが、前田さんご夫妻であった。1946年生まれのワタクシより5歳上ですから熟年ご夫婦。こんな偶然があるもんですね。

大群衆の中でいくら石を投げても、ステレオ写真ファンには当たるものじゃない。そもそも、そんじょそこらには居ないのだ。それが、ハッセルステレオ達人の隣でツタナイながらステレオ撮影をしていた偶然。前田さんは純粋花火鑑賞で手ぶらでした。実はこれこれ、それはそれはナニナニとお話がはずんだ。え、中判でステレオ撮影していらっしゃるのですか、なんとまあ素晴らしい、恐れ入りましたでございます、というような話だったと思う。

で、NIFTYフォーラムのステレオ写真の愛好家数人と一緒に東急学芸大学にいらっしゃった前田さんのところにハッセルステレオ写真を見に行った。いや、最初は一人でいって、NIFTYにいろいろテンマツ報告を書いたのかな。当時はいわゆるアクティブメンバー代表の一人でしたから。ステレオビューアーを見た人は正に驚愕した。それ以来、兄事しているつもりだが、失礼して時間が流れていた。

実は、当ブログのどこかに書いているが、ワタクシの所属する磯釣クラブの潮風会の先輩がやはりハッセルステレオをやる。こんな人は普通はいないわけだから物凄い偶然である。世間は狭いというか広いというべきか。ワタクシよりたしか10歳以上は年上だが、この人はステレオベースに信念があって、ハッセル2台方式の弟としてマミヤ645、さらに末弟としてローライ2000という、35ミリのハッセル形式のカメラというフルラインナップ。もちろん普通のステレオカメラも使う。レンズのステレオベースが重要だというのだ。理論上は正しい。

その後、ワタクシの狭いところでハッセル達人を囲む会、並びにリアリスト判のステレオプロジェクターというミニオフ会をやったこともある。エピソードをひとつ。ハッセルステレオはビューアーを見ている時間が長いのだ。ひとつの作品を30秒も1分も見る。目が釘付けになる。目を離さず、ビューアーを離さない。時間が掛かる。素晴らしさに驚嘆して、隅々まで見て、さらにあきれながら熟視する。これはリアリスト判ビューアーとは違う。2倍3倍も違うのだ。もちろん撮影対象の素晴らしさ、そして優れた撮影技術も影響している。写真の作品としての質が高いのだが、ステレオ写真としてそれが増幅されている。同じ記述を赤瀬川源平のグループが見た時に、ほぼ同様に書いてあったのを読んだ。そうなのだから同じように書くしかない。ワタクシと一緒に見た人は、素晴らしい、ステレオ写真集にすべきだという人が少なくなかった。このレベルなら片目の写真集でも文句ないといったような記憶もある。

その後しばらくして、ステレオ写真集にする話を聞いた。サンプルも見せてもらった。しかし、これは当写真集のあとがきに書いているように事情があって頓挫した。そしてやっと実現したのがこのステレオ写真集である。

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2008年5月 1日 (木)

ハッセル達人・ステレオ写真集・その1

最近までの、入手できる日本のステレオ写真集ならば、たいていのものは見ているはずの小生が、確信を持って最高と評価できる。ステレオ写真ファンにはぜひこれを見てもらいたいと願う。「ステレオ写真作品集・立体無限」発行者・著者・前田慧(まえださとし)2008年4月21日発行。頒価1万円。

連絡先前田慧・maeda3d@mac.com

ハッセルステレオ達人の前田さんはよく存じ上げている。とても素晴らしい御仁。

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書店経由や出版取次ぎがどうなるのか、いまのところ分からない。月刊「写真工業」で紹介されるらしい。入手するには発行者にメール連絡かな。いわゆる自費出版ですけど、こういう出版物を流通に通す業者があるはずですが。

ステレオ撮影はハッセル2台方式。66のポジ原版のペアで、印刷実寸ペアはタテ73ミリ、ヨコ70ミリ。左右アキが2ミリ配置。裸眼立体視がギリギリ可能な最大の大きさで基線長72ミリとしている。これ以上の基線長配置だと、多分、裸眼立体視マタワリ(股割り)修行していない人だと無理だろうと思う。マタワリの周辺についてはこのブログのどこかに何回か書いているはず。そして各作品は左ページに297ミリ210ミリの片目の普通の写真を配置して、右ページにステレオペアと解説文という構成になっている。

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作品内容は高名なプロの山岳写真家、風景写真家とほとんど差のない、いわゆるハイアマチュアというレベルで文句なしに素晴らしい。撮影技術からいうと、こういうレベルの写真マニアの方たちは多くいらっしゃる。ちょっとした撮影ポイントにはこういうおじさんたちがたくさんいることはみなさんご存知の通り。ワタクシもリアリストの他に、重い三脚と数本の交換レンズを入れたカメラバックを肩にしておじさん達のはじっこで撮影していたこともある。といっても、所詮はお手軽コースであるから、もちろん、35ミリ一眼ではない中版カメラの御仁には敬意を払わざるを得なかった。67ペンタやマミヤ中判でもナニだが、ハッセルやローライとなるとなおさらである。ハッセルが2台並んでいたら普通の写真ファンの感覚では腰を抜かす。知識と素養のある人であると、ハハン、ステレオ写真だなと、もう一段階ほど尊敬するのが普通。レンズがプラナー標準2本ではなくディスタゴン2本と分かるとまた腰を抜かす。本体のお値段を知っているが、ディスタゴンの値段も知っているからだ。

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ワタクシの義弟は写真クラブに属して、よくあることだが、たまに、夜明け前から天気予報を気にしながら、風景写真のこれぞというポイントに待機するそうだ。深夜に車で数時間かけて行くことは珍しくない。もちろん国産中版カメラである。古くはブロニカからペンタだ。そしてギャラリーを借りて写真グループ展なぞをやっている。こういうレベルは特に珍しくない。

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しかしである。前田さんの撮影地の凄さには圧倒される。いったい何回海外撮影に行っているのであろうか。ツアーでロケハンに行って再度本番撮影旅行という場合もあると書かれている。何回も何回も腰が抜けますな、まったく。ロケハンって映画、写真で基本語であったが、馴染みのない言葉になってきた。ロケーションハンティング。こういうレベルは片目の普通の写真でもアマチュアではかなり少ないはずだ。

Imgp5151 Imgp5152 さらに、そして、なんと、ハッセル2台のステレオである。絶無に近いと断言できる。アメリカ、ヨーロッパにそれぞれ2人か3人くらいはこれに似たパターンのハッセルステレオ達人がいらっしゃるかも知れないが寡聞にして知らない。ともあれ、ヨーロッパアルプスの山岳写真はただ感嘆して見るしかない。ここで、言葉を悪くして、あえて言えば、この写真はだいたい絵葉書写真じゃないかというのは簡単である。技術のあるハイアマチュアなら言いそうである。片目の普通の写真ならば、そういう言い方は、もしかしたら通用するかも知れない。でもしかし、ハッセルのステレオ風景写真を見たことのない人は絵葉書写真が質的変化をしていることが、つまりまったく別物であることが、理解できないはずである。ハッセルのディスタゴンで撮影されたステレオ写真を見たことがない人は、簡単に何かを論評してはいけない。それも、できればポジ原版のカラースライドのステレオ写真を見てからの話だ。ポジ原版というものはもう一段違うものだ。経験のない人には理解できないだろう。そのくらい凄いのだ。あきらかに印刷や紙焼きとは数段違う。いかに美術写真印刷の技術が高度になったとしても、印刷ではポジステレオビューアーの切れ味を再現できないのは残念だが仕方がない。知識と経験のないステレオファンは、この印刷のステレオ写真でも驚くだろう。

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2008年4月30日 (水)

うつぼ喰い・その4

Img_2487 Img_2489 Img_2490 比較的最近の本。「外道楽・素晴らしきB級釣魚グルメの世界」。2004年10月海悠出版発行、主婦と生活社発売。1500円。まだ書店にあるかも。ご存知の「磯・投げ情報」という雑誌に連載されていたものをまとめた。雑誌はたまに立ち読みしていました。

あとがきに次の文がある。「食用にされない魚は、食べたことのない人の口を経ていつの間にかまずいという常識に変わってしまうようだ。極端な言い方をすれば、ただ単に(食べない)という存在が(食べる価値なし)・・・・(食べる価値がないほどまずい)・・・(まずい魚)と変わっていくようである。そして釣り物としても価値がない(外道)となる。つまり外道というのは釣り人側の一方的な位置づけで、多くは単なる偏見といえる。中略。外道の多くは食べたことのない釣り人の一方的な位置づけであることを知っておくこと。」

上記はごくまっとうな結論だが。まず知識のない釣り人が多くいて、知識があっても食べようとしない人がいる。チャレンジ精神がないのか、単に面倒くさいだけなのか。ワタクシがいいたいのは釣れたら食べてあげるという心。釣にはこの考えが必要だ。庶民の歴史的な食生活に思いを馳せるということも必要だろう。食の歴史というものにも思いを致す。日本の風土で先人はどういう食生活を継承してきたのかというテーマに繋がる。この方面では多種多様な書物、文献があふれている。いいかげんにいくつか読んでいる。入門、概説書として、樋口清之の、日本人の歴史シリーズ第2巻、「食物と日本人」(講談社)だけをあげておこう。現代は江戸時代ではなく明治大正の食生活からも隔絶している。とくに最近の食生活はそういったものから分断されていくこと甚だしい。今後はさらに進むだろう。憂いても仕方がないことであることを理解した上で、出来る範囲のことをオモシロガリながらやっていく姿勢。あ、なにがなんでも自然食というまで過激ではない。それでも、ウチは食の安全、おいしい食材という考えから、一番まともであると思われる生活クラブ生協の食材のお世話になっている。値段は割高だがたしかにおいしい。生活クラブ生協の地域末端集配所として冷凍庫を置いている。でも、ジャンクフードを、分かった上で食べている。ジャンクフードを食べないという立派な人もいるかも知れない。少し前だが、スローフードという言葉が出現した。何冊か読んで共感した。イタリアのバールにもいってみたいと思った。以前よりもエスプレッソを飲むようになった。え、単なるミーハーかも知れない。

Img_2488 うつぼに戻すと。外道楽には写真のようにウツボの骨格とおろし方の図解がある。背骨に骨が出ていて普通にはおろせないのだ。さく取りはたしかに難しい。うつぼ汁のところでコラーゲンが記述されている。肛門から下の尾は小骨が多く、骨切りが必至だが、素人は難しい。テレビでハモの骨切りを何回も見ているが、とてもできない。日本料理板前修業編というところだろう。

Img_2491 ついでに、「海の味」(異色の食習慣探訪)山下欣二著・八坂書房・1998年発行・1900円。を紹介しておこう。注目すべきは、古文献には食用とする記述は少ないという部分。「包厨備用倭名本草」「水族志」「本草綱目啓蒙」をあげている。「本草綱目啓蒙」には「賎民捕り食う」の記述があるという。しかし、地方によって、魚に出て燻製や干物を県外に出荷しているところもある。高知や和歌山だろう。高知でタタキ、から揚げ、煮こごりを注文して食べた記述がある。タタキは皮付きを強火でかるくあぶり、にんにくとポン酢で食べる。うまそうですね。この本は文献と参考図書の一覧が詳しいのが特色。

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2008年4月24日 (木)

うつぼ喰い・その3

今はなき、釣りサンデー社。関東の釣師には、もうひとつ馴染みがなかったが、滅びてしまったのが惜しまれる。本当に残念だ。釣りジャーナリズムの中で他とは違った理念があった。とワタクシは思っている。

とくに、ブラックバスに肩入れした釣り人社はよろしくない。けしからん。この方面になると、ネタはエンドレスになり膨大になる。ハードデスクの中にブラックバスからみで書いた文章が大量に残っている。ハンパな分量ではない。それこそ、かなり精力を使って、いろいろ詳細に調べて書いたし、論戦にもよく参加したものだ。

あ、横道に入ってしまった。釣りサンデー社の本の中で、「さかな大図鑑」

http://siokaze1.cocolog-nifty.com/sakanachann/2007/07/post_70ff.html

とならんで、スゴイ、たいしたものだと感嘆したのが、この「雑魚を食う」だ。(1995年12月、著者今井浩次、週刊釣りサンデー社)今井浩次という人は直接は存じ上げないが、なかなかだなとひそかに尊敬している。発行人の小西英人さんは存じ上げており、尊敬しているのは何回か書いた通り。その後いろいろあったらしいが、よく分からない。

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「雑魚を食う」はその筋の釣師にとって、バイブルのようなものではないかと思う。賛同して、共鳴する方が多いとは思われないのが悲しいところだ。マイナーで知られていないこともあるだろう。

腰巻には、(愉快・痛快・食のエッセイ。こよなく雑魚を愛し続ける食いしん坊釣師の味の冒険。食った!73種の珍魚・奇魚)とある。森田さんというプロの料理人とコンビで探索する。読んでおもしろい。

ウツボは薄つくりにしてフグだといって出して、浩次がうまいと食べた。もうひとつ、ウツボの皮とキュウリを使った酢の物が出ている。これが旨そう。身を薄く残して皮を引く。一夜干しして、味醂と醤油を同割りにして砂糖をかましたタレで付け焼きにする。三杯酢に2、3時間漬け込んで完成。泉のごとく旨さがしみだしてくる、とある。まだやったことがない。皮はから揚げにしても旨いだろうとある。ウツボの皮というと経験では面倒といえば面倒ですが。ウツボの皮のゼラチンの旨さの記述がどこにもないのが不満である。

この本の73種というのが凄い。いくつかは食べているが、とてもとても、制覇できそうにない。磯や浜で釣れる魚は可能性があるわけで、目標としている。マイナーな雑魚がほとんど尽くされているのじゃないかと思う。煮物、焼物、揚げ物、蒸し物、造り、鍋物、アラカルト、と多種多様である。

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うつぼ喰い・その2

漁村の民衆、山村の民衆が昔からおいしく食べていた食材と料理方法。底辺の庶民の伝統食。この分野では白土三平のフィールドノート2冊と続編である「カムイの食卓」、「三平の食堂」の4冊の右に出るものはないだろう。

フィールドノートの記事。

http://siokaze1.cocolog-nifty.com/sakanachann/2007/07/post_2d3a.html

うつぼに関しては、ナマダの茶漬け、寒ナマダの干物の2編がある。

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茶漬けは、骨きりして白焼きしてタレをつけて蒲焼にする。タレは頭と肝、骨を出汁にして酒、味醂、醤油で味付けする。この蒲焼を5ミリの厚さにきざむ。あとは、梅干、ノリ、季節の香りのする青いもの。

白土三平はウツボをこのように書いている。昔に読んだとき、印象に残った。「釣り上げたウツボを潮たまりに放り込んでおくと、鎌首を持ち上げて釣師の足元を狙って飛び掛ってくる。石でなぐりつけると、傷ついた我が身に噛み付く姿はとても魚とは思えない。100キロ以上の巨体を持ちながら、何の抵抗もせずに殺されていく豚に比較して、この魚の持つ闘魂と気概は野生のもつ魅力を我々に示してくれる。こんな磯の侍たちを無造作に殺し、捨て去ることは人間の都合主義と不遜さを見る思いである。」

んー、豚を少し擁護すると、家畜化したものであること、肉食の闘争本能丸出しの動物と、そうでない動物がいるわけで一概に評価するべきものではないと思うが、、、。

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寒ナマダの干物は、処理の仕方から非常に詳しく述べられている。上級編である。普通に干しあがってから薄つくりの藁むしろか紙に包んで冷暗所に寝かせる。つまり干し戻しである。醸成させ少し柔らかくさせ、風通しのよいところで陰干し。干し柿のようなうっすらとした白カビが浮かんできたら大成功。これは天候加減が大きく作用して難しいとか。失敗すると悪い餅カビのような緑か桃色が発生する。ふきとってアルコール消毒すればよいそうだ。ワタクシはもちろん、ここまでやったことはない。

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そうなのかという記述もある。死にまねをするから気をつける。容器に入れて塩をふりかけるとコテンといってしまうので、目打ちや釘で頭を固定Imgp5059 して背開きにする。

白土によれば、房洲ではナマダと呼ぶが、神奈川ではキダコ、山口ではナギッチョだそうだ。地方名を調べるともっとあると思うが、省略。そういえば、伊豆大島で腰の曲がったおばあちゃんが、釣師の捨てたナマダを拾って歩いていたのを見たことがある。こんなにおいしいものをもったいないと拾ったのだろう。

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2008年4月22日 (火)

うつぼ喰い


うつぼの旨さ。知る人は知る。常識ですよね。まさか磯釣りをやる人で知らない人はいないと思う。ん、メジナしかやらない磯釣師もいるからなあ。あ、その場合は磯釣師とは言わないかな。で、(かんむりベラとフッコの干物)の志賀さんのコメントに登場する、野村祐三の「豪快にっぽん漁師料理」(集英社新書2005年4月発行)に書かれている「うつぼ」のくだりはとても詳しい。この本は全体が素晴らしい。魚喰いの釣り師には必読の書。この本を読んで、やってみたいものはたくさんある。とくに焼き切りとか(メジナとイシダイは経験)、タカッパの丸焼きとか。取材によると、ウツボを食用とする浜は、甑島、薩摩、鶴見半島、高知南部、紀伊半島、志摩半島、伊豆半島南部、千倉。そして薩摩を発祥とするとある。ここは生のウツボを料理するからである。生のウツボの味噌炊き。天草では三枚に下ろして皮付きのまま熱湯をかけ、湯引きにしてから「ぬた」にする。そして高知西南では生の唐揚げ、高知市ではひと干ししてから唐揚げ。紀伊南端の古座では一週間天日干しを木つちでよくたたいてから短冊に切って油で揚げ、さらに醤油、みりん、酒、砂糖で煮る。揚げ煮である。伊豆の下田ではウツボをウナギといって、川ウナギとは呼び分けるそうだが、かちんかちんに干し、金づちでたたいて食べやすい大きさに割って焼いて食べる。伝播されるたびに少し変化している。

写真は以前に食べたウツボの写真。写真を撮らないで食べるのが普通。最近だね、ブログ用に撮影するようになっている。
トラウツボといって赤くてどう猛な顔のやつは、かちんかちんの干物にしたもの。丸干しにして、ぶつ切りにして焼いて食べた。なかなかいけたよ。ウツボの薄作りで刺身でも食ったことがある。これはまた別の本の紹介の時に。ウツボからみでは、白土三平のフィールドノートと、「外道楽」素晴らしきB級釣魚グルメの世界(主婦と生活社)と、コージ雑魚を食う(釣りサンデー社)にある。

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2008年4月18日 (金)

カンムリベラとフッコの干物

カンムリベラといえば、八丈でよく釣れて、水面に出るまで石鯛釣師をぬか喜びさせる歓迎されぬお魚である。ベラ系の独特の臭いが強く、喜ばれない。調べたら沖縄では普通に食べる。沖縄ではかなり磯臭くても食べている。八丈でも食べるというネット検索は以前にこのブログで書いたことがある。実際に八丈で現地の人に聞くと、八丈では食べる人と食べない人と別れるという。そういう微妙な魚である。八丈で刺身が旨いとネットにあった。個体差なのか、そんなことは多分ないと思う。個人差だろう。

こういう魚は切り身のフライかから揚げにすれば食べられることは経験している。それでも敏感な人は敬遠することも分かった。いや、わが家庭の経験。また、味噌付けにすると、味とか臭いを分からなくさせて食感をぼやけさせることも分かっている。このブログで西京漬けもすでにチャレンジしている。

で、そうか、では干物は。不思議な効能がある干物である。まだカンムリベラの干物は未経験。

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実はぶつ切りにしてから急遽干物の突き進んだのだ。ぶつギリまでは干物を考えていなかったのだ。

Img_2443 Img_2442 ついでに、干物には少し大きすぎるフッコも干物にした。干物は万能なのだ。大日本干物党を結成しようかな。党の綱領を考えようか。ところで、大日本下落合大学って知っていますか。赤塚の定番ですが。所ジョージ主演、ハチャメチャドラマ。大日本干物党で思い出した。いつか書きましょう。

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2008年4月16日 (水)

セイゴとメバルの干物

12日の夕方から横浜沖提の夜釣りにいって、フッコとメバルの電気ウキ。フッコは50cmちょっとありました。30のメジナより引きが弱い。実はいつも登場するB先輩がこのところ毎週いって良い釣りをしているので行かないかと突然。先週は85cmのスズキを上げた。メバルは25cmクラスの大型が揃っておもしろいという。当方は嫌いじゃないが、それほどでもない。いや釣り自体がそれほどモヨオサナクなっている。

メバルの煮付けは魚喰いの定番のひとつ。もう暖かいから大丈夫という言葉に油断した。夜中に土砂降りで突風。厚着しなかったから寒い。寒中のメジナ用の防寒防水スーツの上下を着て、スパイクブーツで行くのであったと後悔した。軽装のラグビージャージとスニーカー、防風ナイロンヤッケだけでは寒い。雨がないと判断したのが間違い。

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写真のようにセイゴを何匹かクーラーに入れたので、干物を作った。ああ、またセイゴか、もう少し大きいのが来ないのかよ、とリリース。最初から干物という頭があれば、違った。残念。

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Img_2437 見た目は非常に立派。でもセイゴの干物もメバルの干物もなぜかマイナーですね。どうしてだろうか。とくにセイゴは干物にすると別物。

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2008年4月15日 (火)

八丈島のペンション

ウチの潮風会の例会で、毎年4月に恒例となった八丈島に行く。今年は5、6日の土日。今年分はまだアップされていないが、過去の例会の模様はそれぞれ潮風会ホームページの釣行計画・釣果にあります。

昨年以前の過去数年分あり。 http://www.h5.dion.ne.jp/~siokaze/frame.htm

毎年ワタクシは小型イシガキくらいは釣っておりますが、これぞという釣りはありません。とほほであります。今年は初日に八丈小島の某磯で1.5キロくらいのワサを2匹。磯替わりして一の根では駄目。2日目も一の根は潮が動かず駄目でした。カンナギでは会員がちゃんと釣っておりました。

渡船は全磯連のワッペンと老舗会の効力だけではないと思いますが、長年のマナーの良い釣りと努力、また伝統の力も多少はあるでしょうが、カンナギ、一の根など誰もが目指す一級磯にトップで降りることができました。ということは、カンナギも一の根も石物は3人が良いところですから、ナンというか、アレですな。船長に渡船の磯割りはどういう根拠なのですかと質問している釣師がおりました。前日、前々日に利用したお客と乗り場に先着順から総合的に考慮すると苦しい説明をしておりました。

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今回はわが社の誇る、いやわが磯釣クラブの誇る、おやじギャルの勇姿を紹介。熱心な女性磯釣師が2名おりますが、一人は写真の若き美人。磯のウエアが新しいと上物釣師に見られるのでイヤだとのたまうバリバリ底物釣師です。関東支部を見回しても、ほとんど見あたらない素晴らしい御仁であります。

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それから、最近ずっとお世話になっている宿ですが、建物も料理も