ミッチェル三兄弟
ミッチェルのリールといえば、まずスピニングとなる。ミッチェルが名声を博し有名だった時代は、今のスピニングリールのようなスプールではなく、いわゆるインスプールの時代。そして、遊星ギア。遊星ギアというだけでしびれるほどのフェロモンが漂った。代表選手であるミッチェル408がうちにある。先入観も影響しているのだが、408は気品がある。これにつられて、ダイヤモンドマイクロ7というのも使った。雰囲気と外観が国産の中では似ているというリールで、評価が高かった。たしか大森製作所だったかな。
ところが、ここのミッチェル三兄弟は両軸大型リールである。象牙色のスプールで白い貴婦人とかなんとか呼ばれた。経年劣化でかなり汚くなっている。マイナーリールではあるが、それほど珍しい物ではない。その当時、アメリカのペンがなんといっても主流派で、ダイワ、オリンピック、スエーデンのアブ、そして少数ながらフランスのミッチェルはどこでも見られた。関東の石鯛釣り場で、といっても沖磯限定としてそこそこのベテラン磯釣り師が10人いたとすると、ペンが4人、オリンピックが2人、ダイワが2人、アブが1人、ミッチェルが1人。それほど間違ってはいないだろうと思うが、あくまでも印象である。しかし、磯釣りクラブに限れば、先輩の影響で、ペンが軽く半分以上になる。ごくごく珍しいのはツルーテンパーとかオーシャンシティー。こういうのは、へー、こんなのあるのって感じ。
ここのミッチェルでは624というのが一番大型で、ペンの68番に相当する。糸巻き量は相当ある。600はペンの140番や200番と同等。であるから最も使いやすい。620というのはかなり小型でペンでは100番くらい。ブダイ釣りには最適である。カニのぶっこみでも、浮きでもちょうど良い。
ミッチェルのハンドルは写真のように丸形握りであった。小型の620にも丸形ハンドルがあった。スタードラグには番号が刻印されていて、ドラグの締め具合が分かるようになっている。これは他のリールには見たことがない。使っていた当時はそれほど感じなかったが、ギア比がたしか1:3で現代リールに比べたら低い。そういえば、ペンの155番というギア比がもっと遅い1:2.5くらいのリールを平気で使っていた。140番のスプールと同じで遠投も利き、軽いので使いやすかった。
その当時、一番使ったのはペンの140番、次がミッチェルの600番だろう。その後、アブの9000番と3台ローテーションで使った時代があった。10000よりなぜか9000の方が使いやすかった。
| 固定リンク
「リール」カテゴリの記事
- 日本のリールの歴史その6(2011.04.04)
- 日本のリールの歴史その5(2011.02.11)
- 日本のリールの歴史その4(2011.01.31)
- 日本のリールの歴史その3(2011.01.10)
- 日本のリールの歴史その2(2011.01.04)




コメント