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2009年5月18日 (月)

日本で最初のステレオ写真っていうと

ステレオ写真の歴史は写真発明とほぼ同時進行であり、写真の歴史はすなわちステレオ写真の歴史といっても良いほどだ。しかしながら、ステレオ写真は僅かな繁栄から衰退という歴史を繰り返したのだ。宿命のようにだ。何故だろう。わたくしにとってはとても不思議だ。管見によれば、ステレオ写真に対する感受性がそれほどでない人間も少なくない。と思っている。よくて、ふーん、おもしろいねえ、で終わる。あまり感動しないという人たちが少なくない。その周辺の人たちを含めてステレオ写真に対してまったく無知の人が大多数を占めるに至る。無知か。知っていても無関心。もちろん、単眼レンズ、片眼の平面写真でそれほど不都合はないかも知れない。それで十分かも。ステレオ写真でなくてはならないということは少ない。いや、ほとんどない。でも、しかしながら、生物学的には単眼視覚は劣っていて欠陥に近い。単眼による感覚ではダメということは生物の進化が示している。自然の摂理だ。視差による奥行きの把握。だから単眼の生き物というのは存在しなかった。伝説や想像では一つ目や三つ目以上があるが。昆虫は複眼だ。あれも、単複眼ではないよね、双複眼だ。単複眼の生物がいたら恐ろしいだろう。ここでさらに、火星探査船のマーズパスファインダーのステレオカメラを見よ。あのレベルでも、いや、あのレベルだから、片眼のカメラ搭載ではなくステレオカメラが必然なのだ。

次はそのNASAのページ。火星のアナグリフのステレオイメージがたくさんある。またステレオカメラを突きだした火星探査車の勇姿も見ることができる。

http://www.nasa.gov/mission_pages/mars-pathfinder/index.html

さて、写真の伝来と日本の写真先駆者たちの苦労。経緯と紆余曲折は、ほぼ余すところなく研究されている。その中で手頃な資料として、東京都写真美術館の、「幕末・明治の東京」「横山松三郎を中心に」という企画展の特集冊子が手元にある。1991年1月のものだ。

Img_4275

それによると、松三郎は1870年明治3年、師の横浜の下岡蓮杖と共に日光を撮影。半年に及ぶとある。その時のステレオ写真が残っている。たぶん、このときのステレオ写真が日本人による撮影ではじめてのものであろう。

Img_4278 Img_4284 Img_4289 徳川公に献じたそうだ。その後、江戸城や京都、奈良を撮影している。

Img_4286 Img_4287 この中で、ややや、なんだこれは、というのがある。それは、なんと縦位置で双眼写真を撮影しているカット。双眼は左右水平でなければならない。上下双眼ではどうにもならない。どういうことか理解に苦しむ。どういうつもりで撮影したのか。知らなかったのか。そんなことはない。横山のステレオスコープが残されているからだ。暗箱カメラと双眼ビューアーは、指物師佐々木吉五郎が制作したとある。

Img_4279 Img_4283a

外国人写真師の日本国内撮影を含めるとどうなのかな。すでにくまなく研究されていたら笑ってごまかす。長崎の上野彦馬が双眼写真を撮影しているが、年代がはっきり分からない。長崎のグラバー邸にも展示されていたのを見た。普通に裸眼立体視できた。昔、長崎の原水禁に行ったときのことだ。長崎大学にステレオ写真のコレクションがある。ウイルヘルムバーガー、と有名なベアト撮影のステレオ写真もあるようだ。http://oldphoto.lb.nagasaki-u.ac.jp/jp/target.php?id=3430

この長崎大学の古写真のコレクションのページはなかなか面白い。カリフォルニア大学のコレクションの日本版だろう。

年代不詳が多いが、次は年代が判明している。「B.K.なるパリの出版社が販売した「中国と日本」と題するステレオ写真のシリーズの1枚。フランス人シャンピオン(Paul Champion)が慶応元年(1865)から翌年にかけての滞日中に撮影したもの。同じ場所で撮った「横浜での日本人の食事風景」という別のカットの写真が存在する。」とある。

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