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2011年3月27日 (日)

三陸海岸大津波・吉村昭

吉村昭は好きな作家の一人。たしか三陸津波を書いたものがあった。本箱から出して読み直す。明治29年の津波、昭和8年の津波、昭和35年のチリ津波を中心に丹念に取材した作品。吉村が記録文学者として卓越していることは誰も異論がない。

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「三陸海岸大津波」の初出は1970年中公新書。昭和45年だ。その後、文庫化されている。文春文庫だ。えーと、これは、2004年3月刊438円+税。

最初から読み直してみる。これだけ書かれていたのに。うーん、これだけの災害が繰り返されるのは何故。

明治29年、昭和8年、昭和38年のチリ地震津波、昭和43年の十勝沖地震津波を岩手県田野畑村で経験した、吉村の取材当時87歳の早野幸太朗氏は「津波は時世がかわってもなくならない。必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちは色々な方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにいないと思う」と語った。実に残念ながら、そうではなかった。

自然の力が大きすぎて悲しすぎる宿命なのか。あるいは三陸という土地の宿命か。どういうことなのか。歴史に残された三陸津波の主なものを調べると貞観11年(869年)から18件あるという。記録以前にもあったことは間違いない。太平洋プレートが沈み込む日本海溝と密接な関係を持っている。明治29年は26360名、昭和8年は2995名、チリ地震では105名の犠牲者を出した。それなりの対策と知識によって、被害を少なくしてきたように見えた。

明治29年は1896年。19世紀末。明治28年に日清戦争に勝って戦勝気分の時代だった。

そして、田老町の巨大防潮堤の建設の顛末が書かれている。この時点で、土地の古老でもこの防潮堤を軽々と乗り越えて襲ってくる津波を想像できなかった。1000年に一回のレベルでは想像できない。想像したとしても逃げること以外に対応できない。災害経験が古老の記憶となり土地に浸透していても、とにかく高いところまで逃げろという切迫感は時間の経過で風化してしまうのだろう。昭和8年しかり、チリ地震津波しかり。そのチリ地震津波は、地震がないのに津波が来るのだという知見がない時代にも繰り返して襲われていることが分かってきた。記録が残っている380年間に43例の津波が三陸を襲ったが、そのうち9例が南米からの津波だろうと調べられている。地震の揺れと津波の強さは関係しないときもある。昭和8年、横揺れで、関東大震災を女中奉公で験経した人は縦揺れが激しくないから大きくないと油断したそうだ。避難は一刻を争う。とにかく早く高いところに。

三陸では津波を「よだ」という。「津波」は新造語で、明治29年当時は「海嘯」という言葉も使われていた。嘯は「うそぶく」。

磯釣りでは「よた波」という言葉がある。「与太」か。これは海が荒れた日に、たまたま1時間に一回か2時間に一回くらい合成される5割増しくらいの巨大な波というはずであり、そのように使ってきた。2発から4発くらい来る。他に軍艦波というのも聞いた。駆逐艦以上が全速で航行するときに大きい波がくるから気をつけろという言葉で昭和30年ころまで通用したようだ。

ともあれ、必ず大地震は起こる。必ず大津波は襲ってくる。その周期は長いかも知れない。50年に一度でも人の記憶は風化する。100年に一度ではなおさらだ。1000年に一度では、そんな心配をしても無駄ということになってしまう。しかし、1000年に一度というのは人間にとっては遙か昔の遙かな時間というだけであって、長い地球の歴史にとっては尺度が違うだけ。1万年に一度の頻度も同様。尺度が違えば一瞬の時間にもなる。プレートテクニクス理論が確立されて以後、プレートが移動するということを誰もが知るようになった。伊豆半島がはるか南から移動してきて本州に付着したことも常識となった。

原発問題もこういう天変地異をどう評価するかという問題に煮詰まってきたように思える。火山の場合でも予知は進んできたとしても、制御など不可能。為す術がない。避難しかない。関東で長く磯釣りをやってきた釣り師なら、大島、三宅島で何回も繰り返されている噴火に傍観するしかないことを知っている。

原発は地震の歴史や、津波考古学というものを軽視したのではないか。50年に一回あるいは100年に一度大きな地震があって、1000年に一度はとくに大きな地震がくる、というのは納得してしまう。1万年に一度、あるいは数万年に一度、もっと大きく地殻を動かすような大変動の可能性があるのだと覚悟しなければならないだろう。いつなのか分からない。こういうエネルギーに対して、いまのところ為す術がない。その時は仕方がないという覚悟は必要で、原発もそういう覚悟がなければならないはずだが。その覚悟は気配を消していて、1000年に一度を気にしていてはなにもできないと、スルーしているのが現実だ。人間の時間の尺度で想定外といっても駄目なのだ。

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