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2011年3月21日 (月)

東日本大震災

地震以後、言葉を失った。日本人は言葉少なになる。昨日、東京から大船渡の故郷に戻った知人からやっと携帯電話に一報だけ入った。彼は生きていたとの知らせが仲間に回った。避難所名簿に出てこなかった。死亡者名簿にも出てこなかった。なすすべなく見守る状態だった。彼は生きていた。しかし、亡くなった膨大な人たち。家を、すべてを失った無数の人たち。

そして、原発。東京電力の社会的責任。想定外では済まされない。政府の対応のお粗末。広瀬隆とチェルノブイリの広河隆一の活動を以前から見ていた。ウチは東京新聞だが、他新聞に比較してもマスコミの気概をなんとか維持しているようで、ある程度評価できる。3月21日の「こちら特報部」は「広瀬隆に聞く」という特集。見出しだけひろうと、「どうする原発行政」「まず止めて総点検」「地震に無防備「浜岡」も危ない」「依存政策転換を」「代替エネルギー開発促進せよ」「経団連会長は見直し必要ない」

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