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2011年3月29日 (火)

原発問題と東京新聞


新聞・マスコミの報道内容は同じようなことがほとんどで、ごく一部に新聞の特徴や差異が認められるにすぎないというのが普通だろう。
3月29日の東京新聞の紙面。一面で東電協力会社「日当40万円出すから」原発作業員確保に躍起。さいたまスーパーアリーナに避難している作業員の携帯に原発メンテナンス業者から。とある。え、え、え、日当がなんと40万円。最も危険な最前線だろうか。記者がその情報を取り込んだわけだが、原発問題では表面に出ない事例、我々が知らない事象となんとか想像が付く事象が相当あるだろう。
人が集まらない。チェルノブイリは26万人が動員された人海作戦だったそうだ。めちゃくちゃもあったかも知れない。短時間で交代すればもっと多数の人が必要だろうと想像がつく。しかし、それでも高濃度で近寄れないことはあるだろう。手が付けられないまま悪化するのが最悪コースだが、手がつけられないまま、現状維持だけの処置をかろうじて行っている、に近いように思えてきた。なんとか悪化しないよう現状維持以上の作業を祈るしかない。
東京新聞の売り物である「こちら特報部」ではこの見出し。「内部被ばく軽視する日本」「政府は安全繰り返すけど」「沢田昭二・名古屋大名誉教授に聞く」「体に入ったらダメージ深刻」「反核の動きを使う側抑える?」「放射線限度量緩和か」「識者 安全な数値存在せず」
東京新聞としては健闘しているのではないか。広瀬隆が力説していることだ。広瀬は反原発で極端なことばかりだという人もいるかも知れない。不安を煽っていて、過大で、誤説が多いという人がいるようだ。最悪事態や、大局判断を知らないことよりも良いと、、、。
広瀬隆と広河隆一の解説を貼っておこう。
たどっていくと他にもあるので見ておいて。

本文記事では、「放射線量限度の数値は政治性がある」と三重大学の竹峰誠一郎氏。その基準も、一般人と職業上放射線を扱う人の限度数値は異なる。「放射線被ばくに絶対安全はない。同じ人間なのに数値が異なるのは、どこまで我慢させるかという受忍限度を示すだけ」
同じ紙面で、「故忌野清志郎さんのタブー曲 よみがえる反原発ソング」「ネットで話題 在庫切れも」これは「サマータイム・ブルース」という発売中止になった曲だ。「原発問題が日本の音楽産業でタブー視されてきた・・・・略」その歌詞の一部は「原子力発電所がまだ増える 知らねえうちに 漏れていた」で1988年世に問うた。
同じ面に「本音のコラム」がある。鎌田慧だ。この人は信頼できる。一部引用しよう。「ついに政府も、炉心の溶融と高濃度汚染を認めた」中略「止めどもなく進行している危険な炉内の反応を横目に見て、わたしたちはごく普通に会社に出勤し、ご飯を食べ、夜は布団のうえで寝ている。「原発難民」の人たちが、故郷に帰れるかどうかはわからない。労働者がどれほどの被ばくをするかわからない。子どもたちえの影響もわからない。汚染がどこまで拡大するかもわからない。原発が地震国には無理なことだけは、わかっていた。それでも政府、電力会社、メーカーは共存を押しつけてきた。脱原発がつぎのテーマだ」
まったくその通り。ワタクシが書きたいことがほとんどある。ワタクシが力んで書いてもグダグダだが、鎌田なら違ってくるかも。
新聞のこの程度の引用と紹介はどうなのかな。新聞社は著作権は厳しいから。評価して応援して、東京新聞読者以外にという方向だから、、、いいか。
なんだか、ニュースを読むとかいう、後追いの、尻馬乗りの、切り貼りのような、、、、申し訳ない。
東京新聞ファンクラブなのかって、、。

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