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2012年1月12日 (木)

2012・お正月


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今年も潮風会の後輩の会員からおせち料理の三段重を送ってもらった。とてもおいしい。一流デパート取り扱い商品を特価サービスというお値打ちです。
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まず地元下落合氷川神社に初詣。昨年のお札などを燃やすお焚き上げ。 氷川神社では境内の一角に四隅の青竹を立てた地鎮祭と同じ祭壇の作り 。紙垂、しでを下げた注連縄の中に大きな竈。なんだろう焚き火釜かな。大量に燃やすのでまさに焚き火状態。注連縄の中は結界ということ。 氏神様のお札と台所の竈の神様である荒神様のお札と破魔矢をいただくのが例年のセット。本当は、てんてるだいじんのお札も貰わないといけないのだが、無神論者であり唯物論者であるからして伊勢神宮は省略。だいたい神棚がない。祖父と父の時代は普通にありましたよウチにもね。当時はたいていのウチに当たり前のようにあった。父は普通レベルの無神論だったけど。ワタクシは地元祭礼の睦会を手伝っていて、氷川明神社は地域の氏神様。 都会では鎮守様という感じはすでにないが、一応崇敬しないとね。しかし、てんてるだいじんなんて不敬なことを書いてはいけない。小学校のころみんながおもしろがってそういっていたのだよね。まあ、国家神道というのはよろしくない。尊皇攘夷もよろしくない。尊皇攘夷って、水戸の徳川斉昭か。おまえは橋本左内か渡辺崋山かって。現在、日本人は無宗教といわれている。マンション所帯の神棚存在率の推移が気になる。でも、無宗教でも原始仏教思想ならばよろしいだろう。
ということで、2日は墓参り。今年は殊勝な心がけだな。
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それから横浜中華街までドライブ。食べ放題満喫の途中にかなり揺れた地震あり。帰りに早稲田の穴八幡に寄って、「一陽来復」のお守りをいただく。冬至と大晦日と節分の夜中に決められた方位に貼り付けるというのはよく知られていて、商売をやっている人には固定信者が多い。全国区の知名度だが、江戸時代にこれを考えた人は偉い。穴八幡は徳川将軍家が支援したことが知られる。また流鏑馬も有名ですね。当ブログで穴八幡流鏑馬をいろいろ書きたいのだが、良い写真が撮れない。
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実は、穴八幡のすぐ隣の法生寺でも「一陽来福」というお札がある。穴八幡では類似のお守りがありますが当社と一切関係ありませんと立て看を並べている。目の上のたんこぶかも知れない。

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実は明治以前には穴八幡の別当寺が法生寺で一体に近いはず。神仏混淆から廃仏毀釈。普通は別当寺の方が上だったはず。寺が人別帳を扱っていた関係。寺社奉行を通して、支配権力と結びついていた。別当はまた、複数の神社を支配管理していた。別当なんてのも死語だよな。時代小説愛好家にはさにあらず。
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日曜には恒例の兄弟新年会。5人兄弟だが、毎年順番に回り持ちでやる。大正11年の母が健在で、ひ孫まで四世代集合。少し欠席があっても今年は大人27人、ひ孫はごちゃごちゃ。とても以前のように一般家庭では不可能となってきて、どこか場所を借りることになっている。毎年欠かさずにこれだけ継続しているのは珍しいかな。小さな従兄弟同士が一列にならんで、おじさんたちからお年玉を貰って喜んでいる情景は楽しかった。「お年玉だよ、みんな並びなさい」

おまけは柴又帝釈天。wowwowで「男はつらいよ」48作品一挙放送という目玉の企画。せっせと録画してdvdに焼いている。初期作品はその時代の風景がおもしろい。出演俳優がみんな若くておもしろい。日本の代表的映画シリーズではある。そうだ柴又帝釈天にいってみよう、と思った。

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草餅をおみやげに。おいしかった。

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帝釈天のお守りで、一陽来復と同じように、その年の恵方に向けるという「加太守り」知らなかった。

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