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2014年4月14日 (月)

落合囃子連合睦30周年


記念祝賀会が2014年4月13日神楽坂アグネスホテルで行われた。
江戸中期から、阿佐ヶ谷囃子(田淵流、中間囃子の発祥地)が井草、貫井、荻窪、中野、鷺ノ宮、新井、戸塚、鳴子、落合、遠くは所沢、青梅などの青梅街道沿いの農村に広まっていった。うーん、なんのことだかよく分からない。
途絶えていた落合囃子を復活させたわけだ。落合囃子は、鷺ノ宮囃子系の戸塚囃子の田淵流、中間囃子を継承している。分からないことには変わりはない。戸塚村というのは町名変更で高田馬場になりましたが、早稲田村の西ですね。その西が我々の落合村です。戸塚囃子は山の手を代表する囃子のひとつ。新宿区の無形文化財になっている。ググってみると、祇園囃子、葛西囃子、神田囃子、目黒囃子なんてのが出てくる。わけがわからないことには変わりはない。ま、とにかく地域活性化、伝統継承として、立派であり、意義がある。
江戸時代から明治くらいは完全農村。その後山手線の中あたりは山の手になっていった。このあたり地区の祭礼の伝承ということであります。
出席者を見ると、氏子地域の町会の幹部、祭礼睦会の幹部、各地区の氏子総代、子供がかかわるのでPTA関係者、各地区の消防団幹部、地元区議会議員の一部とか、地元有力者一覧の様相を呈していたよ。Image


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コメント

初めまして、当日参加させていただいた、戸塚囃子の吉田です。今の落合囃子を最初から頼まれて教えた者です。
 中間囃子(ちゅうま)=リズムの取り方で、一小節八拍のうち全部打つ形式を早間といい、少し数が少ないのを中間と呼んでいます。
今皆さんの歌う歌が早間系で、昭和の演歌が中間といってもいいかと思います。

 郷土芸能といっても音楽として育った物なので、生活の速さで少しずつ音符が小さくなるには必然的なことです。

 田渕流は農家系なので、中間という数少ない形を残しているところが貴重です。
 戸塚は、07年に第一回世界民族音楽祭に日本代表で招待されてドイツ公演をした団体です。

 古くは上戸塚村(現 高田馬場駅先)と下戸塚村[西早稲田]とがあり、間に源兵衛村(駅から明治通りの先まで)がありました。私のところは。下戸塚村です。

 阿佐ヶ谷で生まれた田渕流は、田無で田無流・小平で鈴木流・そして所沢で重松流となり、重松(じゅうま)流が広がり青梅・八王子などに伝わり残っています。

 江戸祭り囃子は、能を庶民に解り易く伝えるために神楽となり、その神楽の囃子を音楽として独立させたものです。

 郷土芸能ですが、音楽として日本のJAZZと同じ形式を持った日本御音楽です。

投稿: 吉田紘一 | 2014年4月19日 (土) 18時36分

どうも、たいへんありがとうございます。無責任の立場から、落合囃子につきまして無知から勝手な論評をしてしまい、それをご覧になっただけで恐縮至極なのですが、解説のコメントをいただきまして、恐懼に耐えません。ワタクシは氷川神社宮元睦の会計責任者、また、下落合町会知久会の会計担当を兼務しております阿部と申します。よろしくお願い申し上げます。
「 江戸祭り囃子は、能を庶民に解り易く伝えるために神楽となり、その神楽の囃子を音楽として独立させたものです。」と、おっしゃったところは、たいへん興味のあるところを分かりやすく教えていただきました。

投稿: 潮風 | 2014年4月20日 (日) 22時06分

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