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2014年7月

2014年7月26日 (土)

初代竿敏三本継総印籠

以前に書いた拙ブログに、三本継、角東と竿敏という記事がある。クリックでリンク。
http://siokaze1.cocolog-com/sakanachann/2007/06/post_6b87.html
初代竿敏は三本継の対竿セットであった。なにが凄いって、対竿の誂え注文ほど凄いものはない。同じ調子、同じ節を二本揃えるのだ。もちろん、こんな注文は釣りキチのお大尽でなければいけない。しかも大ベテランだろう。その入手経緯は書いた通りである。
さて、今回。ものすごい謂れの竿敏総印籠三本継がウチに来た。拙ブログ記事を読んで、メールが来たことからはじまるのだ。磯釣りを引退して長くなるという1934年、昭和9年生まれの大先輩。ワタクシより12ほど年上。現在80歳。初代竿敏三本継だけは大事にして残していたという。初代竿敏の価値を知り、愛している現役磯釣り師に譲りたい。メールでヤリトリすると、さらに驚く事実が明らかになった。最敬礼し、三歩下がって影を踏まずとなった次第である。
なんと、ワタクシ新宿区下落合のすぐ近く、目白周辺に在住の御仁で、さらに都の西北の大学の先輩であった。上野治先輩である。しかも早稲田大学釣の会の創立メンバーであり、結集を呼びかけるポスターを作ったという。その経緯は、釣の会50周年のページにある。クリックでリンクしている。
http://homepage3.nifty.com/deka-yoshida/fcobkai/17100150syuunennreport1.html
当時の初代全磯連会長であった日本磯釣倶楽部の三谷嘉明をはじめ、長岡輝衛や神田ムサシ堂の敏蔭敬三を知っていて、教えを請い、磯釣りをする大学生として交流したという。この人たちは日本の磯釣りの歴史そのものという大先輩の方々である。日本磯釣倶楽部は1939年創立。昭和14年である。全磯連結成は戦後の昭和30年。上野治先輩は昭和33年卒である。そして31年卒の大川先輩からこの竿敏を譲り受けたという。竿敏の竿尻にはその日付、1959年7月19日と御本人が彫り込んでいる。昭和34年のことである。
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これは上野さんの奥さんが、撮影してくれた写真。よく撮れていて、ひと目で本物と分かった。
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実は初代竿敏はこの年に亡くなっているのだ。そして、二代目竿敏が、いわゆる丸付き竿敏焼印を押してその後の数年間、石鯛竿を作ることになる。大川先輩は大学卒業後3年目。上野先輩は卒業後1年のことである。上野先輩はその後、この竿敏をほとんど使っていないという。しかし、この竿敏は百戦錬磨の面構えである。大川先輩が三谷嘉明か長岡輝衛から譲り受けたとしても不思議ではない。大川君、石鯛やるならこの竿敏を使い給え、ということだったのではないか。ワタクシ的にはそういうことに決定しておこう。
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この総印籠三本継竿敏は剛竿に近い。三本継を三本並べて撮影した。重さバランスは、元竿580g、穂持ち290g、穂先85gで合計955gである。
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リールシートがオクトパス以前の板シートなので、20gしかない。オクトパスは90gである。その差70g。いずれオクトパスに改装するつもりだが、そうすると1025gということになる。
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角東と竿敏の重さバランスがブログの前記事に書いているので参照してもらいたい。角東と比較すると、長さが三間と長い他に、元竿が重くしっかりしていることが分かる。ついでに、前記事の対竿の竿敏三本継のバランスこそが、原初の石鯛竿である。戦前型からの歴史がある。このブログの先達の磯釣りにイロイロ書いているが、日本磯釣倶楽部が房総組と伊豆組が合流したころ、竿敏は布袋の二本継であったボラ竿に淡竹の元竿を継いで、三本継として石鯛竿としたのが源流であるからだ。スタイルとしては、穂持ちが並継の方が古い。
多分、竿敏の晩期に三本継でももっと強い竿を、という要望で作ったはず。しかし、いかにも仕舞寸法が長い。三間では長過ぎる。三本半継、四本継が生まれたのは当然だっただろう。
蛇足だが、残念ながらワタクシは早大釣の会とは無縁であった。中学、高校と同級生と釣りをやったことはある。その後、大学を卒業後、25歳くらいで磯釣り入門したわけだが。で、全磯連傘下の磯釣倶楽部の会長をやっている。不思議な縁で大学先輩と繋がり、また草創期の全磯連に竿敏を介して直結したのだと思っている。

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2014年7月20日 (日)

伊豆大島夜釣り2014年7月

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このところ定番になった熱海からの大島夜釣り。南伊豆渡船の夜釣りよりも楽だが、地磯に入るまでがタイヘンだ。だがジェット船で熱海から大島45分。夜釣り終了の朝6時から大島御神火温泉で汗を流す。これがとても良い。帰りは出船11時50分に間に合うように休憩室で仮眠。これは最高だ。
http://siokaze1.cocolog-nifty.com/sakanachann/2012/07/post-abaf.html
実は2012年の同じ例会の記事が当ブログにある。基本的にはほとんどおなじ。
渡船ならば、コマセ12キロだろうが、20キロだろうが、なんとか扱える。地磯はそうはいかない。クーラー、コマセバッカン、釣り道具を入れる磯バック。それらをまとめて担ぐためキャスター付き背負子フレームは必須。新しいフレームを買ってしまった。凸凹の磯道を行くのが苦行に近いのだ。平坦な道とは大違い。磯はそもそも道はない。岩の高低差もある。こういうところは老人ではとても無理。だからコマセがフカセ釣りより少なくて済むカゴ釣り。これなら、オキアミ3キロ冷凍アミ3キロで十分だ。
大島に昼過ぎに着いて腹ごしらえ。ベッコウ醤油のズケを使ったベッコウ丼。
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美味しかった。ついでにベッコウ醤油をお土産に買った。
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入ったのは、赤岩のとなり、二つ根とその右。二つ根があるから二つ根。そのまんまである。YouTubeにアップした動画が2本。磯の後ろの風景はあまり注目されないだろうが、気持ちのよい環境である。
http://youtu.be/MeKOAIsRQJk
http://youtu.be/9JDE11Uprq0
変わった可愛い花が咲いていた。ハマエンドウだ。そして、黄色いキスゲ。
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まあまあの釣果。
中学の同級生で地元在住の友達を近所の寿司屋に呼んで、宴会。魚持ち込みというワガママを聞いてくれる。美味いと大好評だった。日本酒の銘酒もグイグイ進んだ。とくに、大島特産のベッコウ醤油のズケ。伊豆七島ではワサビが取れないので、島トウガラシを刻んで漬け込んだ醤油を使う伝統がある。有名なのはブダイのベッコウ寿司。イサキの卵と白子。これも美味かった。


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