日記・コラム・つぶやき

2017年2月26日 (日)

染めの小道

新宿区中井周辺のイベント、「染めの小道」もう9回目。きものが廃れて、染色業もたいへん。周辺の協賛商店はそれぞれオリジナルののれんを掛けて参加している。C3b0aba4df74483ab1de2f9e33ba4d70


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2017年2月13日 (月)

曽我梅林梅祭り

痩せているのにデブ症という気に入っているが受けないギャグを克服。小田原曽我梅林に行ってきた。よく晴れて富士山が美しい。人出も凄い。近くの山に登って見晴台からもっと奥まで行った。ほとんどミカン畑。iPhoneアプリで18000歩以上歩いたことが分かった。
新宿区民なら小田原、箱根方面は小田急。新松田乗換で御殿場線の下曽我のはずが、バスに。人出も凄い。晴れていて富士山が美しい。


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2017年2月 3日 (金)

新宿下落合氷川神社の節分祭

地元神社の豆撒きに行きました。最初に福の神が神前で舞。鬼がやって来て、豆をぶつけられる。弓で追い払われる。追儺。ついな。普通は読めない死語。
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2014年11月27日 (木)

落語黄金餅のコースを歩く

下谷の山崎町を出まして、あれから上野の山下に出て、三枚橋から上野広小路に出まして、御成街道から五軒町へ出て、そのころ、堀様と鳥居様というお屋敷の前をまっ直ぐに、筋違御門から大通り出まして、神田須田町へ出て、新石町から鍋町、鍛冶町へ出まして、今川橋から本白銀町へ出まして、石町へ出て、本町、室町から、日本橋を渡りまして、通四丁目へ出まして、中橋、南伝馬町、あれから京橋を渡りましてまっつぐに尾張町、新橋を右に切れまして、土橋から久保町へ出まして、新(あたらし)橋の通りをまっすぐに、愛宕下へ出まして、天徳寺を抜けまして、西ノ久保から神谷町、飯倉六丁目へ出て、坂を上がって飯倉片町、そのころ、おかめ団子という団子屋の前をまっすぐに、麻布の永坂を降りまして、十番へ出て、大黒坂から一本松、麻布絶口釜無村の木蓮寺へ来た。みんな疲れたが、私もくたびれた。
志ん生の十八番。https://m.youtube.com/watch?v=yxi0W95a_9o&feature=youtu.be
https://m.youtube.com/watch?v=yxi0W95a_9o&feature=youtu.be

あった。リンク切れになっていないヤツ。ヒットラーに志ん生の黄金餅をシンクロさせた動画。絶品です。よくこんなもの作った。ぜひ観てもらいたい。最初にオリジナルの落語を聞いてからこっちをどうぞ。ダマされたと思ってクリックね。http://m.youtube.com/watch?v=rN0cFG9FK7cリンク
https://m.youtube.com/watch?v=rN0cFG9FK7c

さあ来たぞ。上野山崎町。万年町になって東上野となった。江戸最貧民の町の一つ。大道芸などの部落民の町らしいです。台東区役所あたりとしてスタート。




アキバの街を抜けて


筋違い御門が万世橋






その2に続く

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2014年8月 6日 (水)

30万アクセス

2005年7月にはじめた。2014年8月6日で30万アクセスを超えた。9年間。年平均33333ページアクセス。一日平均91。記事は308しかない。とにかく訪問していただいてありがとう。老人になりましたが、まだやります。

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2014年4月14日 (月)

落合囃子連合睦30周年


記念祝賀会が2014年4月13日神楽坂アグネスホテルで行われた。
江戸中期から、阿佐ヶ谷囃子(田淵流、中間囃子の発祥地)が井草、貫井、荻窪、中野、鷺ノ宮、新井、戸塚、鳴子、落合、遠くは所沢、青梅などの青梅街道沿いの農村に広まっていった。うーん、なんのことだかよく分からない。
途絶えていた落合囃子を復活させたわけだ。落合囃子は、鷺ノ宮囃子系の戸塚囃子の田淵流、中間囃子を継承している。分からないことには変わりはない。戸塚村というのは町名変更で高田馬場になりましたが、早稲田村の西ですね。その西が我々の落合村です。戸塚囃子は山の手を代表する囃子のひとつ。新宿区の無形文化財になっている。ググってみると、祇園囃子、葛西囃子、神田囃子、目黒囃子なんてのが出てくる。わけがわからないことには変わりはない。ま、とにかく地域活性化、伝統継承として、立派であり、意義がある。
江戸時代から明治くらいは完全農村。その後山手線の中あたりは山の手になっていった。このあたり地区の祭礼の伝承ということであります。
出席者を見ると、氏子地域の町会の幹部、祭礼睦会の幹部、各地区の氏子総代、子供がかかわるのでPTA関係者、各地区の消防団幹部、地元区議会議員の一部とか、地元有力者一覧の様相を呈していたよ。Image


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2014年4月 1日 (火)

神田川の桜

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西新宿で中学同期会をやった後、桜が一挙に咲いた。神田川の桜。川に沿って、延々と続く遊歩道がある。Image_2

犬のお散歩コースでもある。両側から川に張り出している。心がウキウキする。ウキウキするというのは暗くなるの反対で良いね。あたりまえだ。しかし、心の持ち方でもあるのよ。
ともかく、イケドモイケドモ、桜。Image_3

お酒呑み大好き人間もウキウキするだろうが、あまり飲めないワタクシは、この部分は少ない。
青梅街道の淀橋から、下落合の旧合流点まで、新宿区と中野区によって整備された。少し中断されて、高田馬場近辺も完成度低い。
都電荒川線。
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明治通りの神田川と妙正寺川の新合流点から江戸川橋まで。このあたりは豊島区と新宿区によって整備されている。江戸川橋の椿山荘下にくると文京区と新宿区だ。文京区側は遊歩道が広がって細長い公園になっていて世間でいうお花見のできるスペースがある。Image_5
新江戸川庭園、もとの細川邸。永青文庫が上にある。細川家の文化財がある。松尾芭蕉もこのあたりに関わりがある。神田上水。ゆかりの神社もある。< class="image-full" alt="Image_8" title="Image_8" src="http://siokaze1.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2014/04/01/image_8.jpg" border="0" />
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だいたい、お散歩移動型である。パターン別とすると、玉川上水型かな。目黒川にもありますね。世田谷には旧川筋にけっこうあるような。
さくらといえば、WOWOWでやった寅さん全作品をDVDに落としたファンとしては、寅さんの妹だが、初見桜という出来すぎのお名前の可愛い中学時代の同級生がいた。騒いでいた友達がいた。ワタクシはクラスも違うし離れた距離から見ていただけ。中学で初めて見た人、初見桜。出来すぎだ。あの人は元気だろうか。散っていないだろうな。会ってみたいなあ。お話ししたかったんだよと、話してみたい。残念だが情報がない。


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2014年3月30日 (日)

昭和37年の風

西新宿の高層ビルのお店。
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はい、新宿区立落合中学校に吹いていた風です。1962年か。50年ちょっと前だよ。高度成長のはじまりだった。団塊の世代のはじまりだった。ウーンと唸るしかない。半世紀、誰にでも幾星霜はそれぞれある。
いつ死んじゃうか分からないのだから、必ずみんな来てよね、、、。いつもこう言っている。数年見ていなかったマドンナの一人が死んじゃったと知った。ちょっとショックだったな。他にも、あちらに行った人がかなりいらっしゃる。
年とってから、できるだけたのしいこと、オモシロイことの中で生活したい。だれでもそりゃソウダロウガ、しがらみの中で生きるしかない。お前は趣味で遊ぶことしか考えていないのかって、ですか。いや、大きくは、日本社会の行く末だって考えますよ。考えざるを得ないもんね。


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2012年12月20日 (木)

アルコールストーブその2

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facebookにいくつかアップしているものを手直ししたり、加筆したりしてこのブログに。
うちの手持ちの中では最小、最強のアルコールストーブ。フィルムケースの大きさ。この単体の上に直接カップ乗せるので使えるが、それでは不安定で心配。
((ここから、後日の修正補足。アルスト自作を短期にかなり集中してアップすると、検索エンジンにかかりますので、アクセスが増えています。誤解を招くといけませんので。うちの手持ちの中では、、、と書きましたが、自作ではありませんので、念のため。ヤフオクに出ていて、たいへん小さいので興味を持ち、落札しました。金属旋盤なんて持っておりませんので、こんなものは作れません。模型用の小さい旋盤は若い頃いいなあと思っていた。当時高価でした。このスタイルのアルストでドリル穴だけというのをそのうち作ってみるつもり。スプレーアルミ缶を5本くらい確保。難しそう。サイクロンってのと、フープってやつも、みんなやっているみたい。めんどくさそうだし、燃料消費が悪化することだけは間違いない。ゼロヨンドラッグレースのかんじになる。ほかにも、ネットから真似するものいっぱいある。))
万一転倒すると、火の海となる。アルコールは高温で気化沸騰させない限り、爆発性はないので、そういう恐怖は少ない。常温くらいだとそこいら一面がゆらゆらと青く燃える感じ。はい経験しました。危険です。かなり危険です。その時は液量からして、半径30cmくらいだった。そこに簡単に燃えるような紙や布があると非常に危険。しかし、しっかりした土台基礎を作ると超小型のメリットが薄れる。ハリガネハンガー切って曲げて、スタンドを作った。
これは単なる容器に空気穴が空いているだけ。マニア的にはバスタブと呼んでいるようだ。バスタブから沸騰気化して燃焼する。乗せるカップを正確に中心に置かないと、上も不安定になる。下の土台を補強して上の五徳を広げたいところ。最適な距離は直置きでゼロだからペチャの五徳でないといけない。なかなか難しい。現在再チャレンジ途中。ぴったりの空き缶を模索。このスタンドはハンドルのバネで挟むだけ。不整地でもなんとか使える。上からそれぞれ本体が水平になるように押し込めばよい。
燃費は比較的に良い。アルコール20ccで15度くらいの水400ccが7分で沸騰。9分で燃料切れた。いろいろな自作ストーブをテストして分かってきた。燃焼バランスが悪いと20ccでは水400ccが沸騰しないものもある。

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2012年1月12日 (木)

2012・お正月


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今年も潮風会の後輩の会員からおせち料理の三段重を送ってもらった。とてもおいしい。一流デパート取り扱い商品を特価サービスというお値打ちです。
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まず地元下落合氷川神社に初詣。昨年のお札などを燃やすお焚き上げ。 氷川神社では境内の一角に四隅の青竹を立てた地鎮祭と同じ祭壇の作り 。紙垂、しでを下げた注連縄の中に大きな竈。なんだろう焚き火釜かな。大量に燃やすのでまさに焚き火状態。注連縄の中は結界ということ。 氏神様のお札と台所の竈の神様である荒神様のお札と破魔矢をいただくのが例年のセット。本当は、てんてるだいじんのお札も貰わないといけないのだが、無神論者であり唯物論者であるからして伊勢神宮は省略。だいたい神棚がない。祖父と父の時代は普通にありましたよウチにもね。当時はたいていのウチに当たり前のようにあった。父は普通レベルの無神論だったけど。ワタクシは地元祭礼の睦会を手伝っていて、氷川明神社は地域の氏神様。 都会では鎮守様という感じはすでにないが、一応崇敬しないとね。しかし、てんてるだいじんなんて不敬なことを書いてはいけない。小学校のころみんながおもしろがってそういっていたのだよね。まあ、国家神道というのはよろしくない。尊皇攘夷もよろしくない。尊皇攘夷って、水戸の徳川斉昭か。おまえは橋本左内か渡辺崋山かって。現在、日本人は無宗教といわれている。マンション所帯の神棚存在率の推移が気になる。でも、無宗教でも原始仏教思想ならばよろしいだろう。
ということで、2日は墓参り。今年は殊勝な心がけだな。
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それから横浜中華街までドライブ。食べ放題満喫の途中にかなり揺れた地震あり。帰りに早稲田の穴八幡に寄って、「一陽来復」のお守りをいただく。冬至と大晦日と節分の夜中に決められた方位に貼り付けるというのはよく知られていて、商売をやっている人には固定信者が多い。全国区の知名度だが、江戸時代にこれを考えた人は偉い。穴八幡は徳川将軍家が支援したことが知られる。また流鏑馬も有名ですね。当ブログで穴八幡流鏑馬をいろいろ書きたいのだが、良い写真が撮れない。
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実は、穴八幡のすぐ隣の法生寺でも「一陽来福」というお札がある。穴八幡では類似のお守りがありますが当社と一切関係ありませんと立て看を並べている。目の上のたんこぶかも知れない。

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実は明治以前には穴八幡の別当寺が法生寺で一体に近いはず。神仏混淆から廃仏毀釈。普通は別当寺の方が上だったはず。寺が人別帳を扱っていた関係。寺社奉行を通して、支配権力と結びついていた。別当はまた、複数の神社を支配管理していた。別当なんてのも死語だよな。時代小説愛好家にはさにあらず。
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日曜には恒例の兄弟新年会。5人兄弟だが、毎年順番に回り持ちでやる。大正11年の母が健在で、ひ孫まで四世代集合。少し欠席があっても今年は大人27人、ひ孫はごちゃごちゃ。とても以前のように一般家庭では不可能となってきて、どこか場所を借りることになっている。毎年欠かさずにこれだけ継続しているのは珍しいかな。小さな従兄弟同士が一列にならんで、おじさんたちからお年玉を貰って喜んでいる情景は楽しかった。「お年玉だよ、みんな並びなさい」

おまけは柴又帝釈天。wowwowで「男はつらいよ」48作品一挙放送という目玉の企画。せっせと録画してdvdに焼いている。初期作品はその時代の風景がおもしろい。出演俳優がみんな若くておもしろい。日本の代表的映画シリーズではある。そうだ柴又帝釈天にいってみよう、と思った。

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草餅をおみやげに。おいしかった。

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帝釈天のお守りで、一陽来復と同じように、その年の恵方に向けるという「加太守り」知らなかった。

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