ステレオ写真

2009年11月 5日 (木)

ラウムビルトその2

ドイツ語でラウムビルトは立体写真のことです。空間ラウムの写真像ビルトです。アメリカのEBAYから2回ほどラウムビルトを落札したことがあります。ドイツのEBAYならRaumbildで検索するとちゃんと出てきます。ドイツの出品はバラ売りカードが多い。だいたい1枚1ユーロ。

http://shop.ebay.de/?_from=R40&_trksid=p3907.m38.l1313&_nkw=Raumbild&_sacat=See-All-Categories

しかし、アメリカのEBAYではRaumbildでは出てきません。CollectiblesStereoviewsで検索すると、やっとその中に発見することができます。

http://collectibles.shop.ebay.com/Stereoviews-/13706/i.html?_npmv=3

3500枚くらいのホームズベイツ式のステレオカードがあって、さらにRaumbildで絞ると出ます。直接の検索ではヒットしないのが不思議。

http://collectibles.shop.ebay.com/i.html?_nkw=raumbild&_sacat=13706&_trksid=m270&_dmpt=Art_Photo_Images&_odkw=&_osacat=13706

09年11月の検索では23件ヒット。アメリカの業者出品はブックが多い。

ブックが欠損したバラのカードがあり。他の検索では、たまにビューアーだけがあり。通常はビューアーとカードがセットになっているブック。

Img_4442 Img_4444 Img_4443 Img_4445 ブックでもカード枚数の多いシリーズは高価だ。ウチにあるブックは、24枚カードという最小クラスのブックです。これで140ドル。現在も同じものが同じ値段で出ていた。えーと、Kostbarkeiten des Barock。バロックの宝石のその2です。表題を訳すと、17世紀、18世紀の世俗建築と室内装飾。教会ではないシリーズで、その1が教会建築となっている。こちらは持っていない。

その他にウチにあるのはブック欠損のカードだけのいくつかのシリーズもの。それと美品の単独ビューアーが付いていた。基本的にブックの形式は写真のようにビューアーが定位置に収まるようになっている。そして、解説ページがある。だから本来はブックの数だけビューアーが増えていくということになる。

Img_4449 ウチのカードのみのシリーズは、バイエルンが33枚。ドイツの田舎というシリーズの1と2、それぞれ30枚。戦災破壊建物のビフォーアフターというシリーズが30枚。これは歴史的建築が廃墟になって、見ると悲しい残念な気持ちになる。同じ位置から破壊後の姿を撮影している。他にRothenburg ob der Tauberという12枚。ベルリン ポツダムという27枚。

全般的に古き良きヨーロッパそのものという香り。有名な中世からの都市と名もないドイツの田舎町。ドイツ山岳地方。民族衣装というのかな、大人がはいている革の半ズボンが似合うようなスイスからオーストリア、ドイツにまたがるヨーロッパ風景。どれも見ているだけでしびれます。

実は、これらのシリーズはすべて、Made and Printed in West-Germanyとなっている。

西ドイツの印刷とある。つまり戦後の製品だ。撮影は多分戦前が多いと思うが英語とドイツ語が裏面に印刷されている。アメリカへの輸出用だ。戦前版にはドイツ語だけで英語は一切無い。バロックの宝石シリーズがそうです。

その1に紹介したHPを見ると、ブックというのはかなりの種類があって、名所旧跡や、風景が多い。ドイツの他にヨーロッパの主要地がある。ウイーンとかプラハなどの東欧や北欧もある。イタリアも多い。このオットーの会社はナチスにすり寄っていたのは確かですが、当時の事情を考えたら仕方がないだろう。立派だなと思うのは、教育分野もあること。両生類の立体骨格というシリーズのブックを見たことがあります。看護婦用の外科手当教育なんてのも見た。そして自らはラウムビルト出版といっていた。立体写真の業者としてアメリカのアンダーウッドやキーストンとは違う発展を目指したかも知れない。ラウムビルトを広く大きな山脈に発展させるという総合戦略を考えていたのでしょう。しかし戦争で挫折したのはどうしようもない歴史の流れ。でも、戦後の1950年代まではなんとか存続していたようです。なぜ、消滅したのか。キーストンが衰退し、リアリストやビューマスターでさえ結局は消えたのだから、やはり滅びたのは運命だったのだ。美しい悲劇である、と評価したい。それから、戦前の日本にどのくらい入っていたのか。日本におけるラウムビルトに詳しい方がいらっしゃったら、そのあたりを教えていただきたい。また、同好の方がいらっしゃったら連絡をお待ちしております。もしかして、特殊ハイレベルすぎて、いらっしゃらないかも。そんなことないか。日本では、そうだな、5人くらいかな。

Bztsyiwcgkkgrhgookkmejllmvusbkmbpsc Br3rmqq2kkgrhgohc8ejlll3wegbkmbn3bp 370221462248_1_0_1 1936年ベルリンオリンピックのラウムビルトが大量輸入されたかどうか。当時の情勢ではあり得ると思う。ナチス信奉派の陸軍の一部とか、その関係者がナチスものということでラウムビルトを日本に輸入していたかも知れない。

ラウムビルトのサイズは60ミリx130ミリのカードで画面は48ミリ角。印画紙を使っている。12ミリ空きだからベースは60ミリということになる。ベース60ミリは裸眼でも容易に立体視可能。裏面には解説が印刷されているというスタイル。

実は、ドイツにも類似品のシリーズがあり、イギリスにもある。イギリスはビスタスクリーンという。独特のビューアーとカードが手元にあるので次回に。このあたりになるとステレオファンでもレレレだろう。

ここで思い出すのは45mmx107mmのステレオ判。え、思い出さない。当ブログの萩原朔太郎のところで登場したステレオ乾板です。このサイズはその後、ベスト判フィルムのロールバック付きカメラに転進していきました。ちんぷんかんぷん、なんじゃらほい。クラシックカメラと写真の歴史とステレオ写真のすべての素養が必要なので、なんじゃらほい、ということで申し訳ない。ブローニーフィルムとベストフィルムのステレオカメラがありましたね。ローライドスコープには両方あります。ベスト判というのは40x65mm。ステレオにはいわゆる44判です。44判二眼レフというのがありましたが、その三眼カメラ版です。しかし、ラウムビルトは48ミリ角ですからベストステレオ密着焼きより大きい。

Img_4453 ホームズベイツのステレオカードとラウムビルトとリアリストを並べた比較写真。このホームズベイツは88mmの178mm。実はメーカーでけっこうサイズが違います。90の180くらいのがあるかな。面倒だから他は測っていない。画像は65の68でした。画像もそうとう大きさが違います。

Img_4447 で、以前に当ブログに登場した、パリのリシャールのビューアーを出してみました。45mmが横から入れるようになっているので、60mmの130mmカードは入らない。しかし、上に置くことができて、立派に立体視鑑賞可能です。どちらも、レンズの焦点距離は70ミリから75ミリといったところ。つまり、3.5倍のビューアーです。虫眼鏡の光学超初級理論。ここで撮影焦点距離と同じレンズで鑑賞すると同じ画角鑑賞となり、最も理想的ということを思い出してください。画像の大きさと鑑賞距離理論です。この周辺については誰も語らない。無視しているのか、無知なのか。不思議です。超広角レンズ撮影の画像を標準レンズの画角で鑑賞していることの意味。以前に当ブログのどこかに書いております。裸眼と違う見え方を無意識で享受しているわけだが、人間ではない眼球の見え方であり、そういうものを楽しむ感覚レベルを持っているわけね。

では、このラウムビルトを裸眼立体視するときの主要データとそれぞれの意味を論じよ。というような試験問題が出たら答案はどうしますか。これまでの記事を読むだけで、アヘアヘとなっているでしょうからやめます。つまり、ド素人のワタクシがいいたいことをいっているにすぎない。ははは。

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2009年10月29日 (木)

ラウムビルドその1

ラウムビルドをご存じか。またまた、なんじゃこれは。ステレオ写真ファン、いや、日本における、かなりの愛好家レベルが限定対象です。申し訳ない。でも、おもしろい。まず、知らないと思う。聞いたことがあるという方、偉い。ステレオ写真ファンの経験だけは長いよと自負するワタクシも数年前まで、やっとこで、このレベルの下に引っ掛かる程度だったのです。その知識というと、ドイツにはベルリンオリンピックの立体写真があり、ブックの形式であること、ナチス親衛隊の黒制服やヒトラー総統のステレオ写真があるということ。その視線がこちらを見て、画面から妖気が漂うごとく浮き上がっている。知っていると言う方もそんなものでしょう。

数年前から、アメリカのEBAYの光り輝くステレオ写真の山脈を時折ですが、麓から眺めていたのです。よし、そろそろ踏み込んでみようと、昨年くらいからPAYPAL口座を作ったのですが、いろいろと出てくるのでその現物を手に持つことができました。本国に公式HPみたいなものがあります。ドイツ語です。

まず、このアドレスをご覧ください。ステレオ写真ファンでなくとも、見ておいて損はないでしょう。へー、こういうものがあったのか、ふーん。

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http://www.stereofotos.de/Raumbildbaende/Otto_Schonstein/body_otto_schonstein.html

この写真のスカルプ頭の人物が作り上げたものです。オットーシュオーンシュタイン。ショーンシュタインかな。

Otto Schönstein 発音がこれで良いのかどうか分かりません。第二外国語はフランス語だったのですが、基本的に日本語しかダメ。メルシーボクーコマンタレブー。トレビヤン。しかし、いかにも、いかにもというドイツの風貌で、気に入りました。映画に出てくるような類型人物と思います。

http://www.stereofotos.de/Raumbildbaende/Raumbildband/Frank___Heidecke/body_frank___heidecke.html

中にブラウンシュヴァイクのフランケハイデッケがあります。ハイドスコープとローライドスコープのプロモーション目的とあります。クラシックカメラファンの基本中の基本アイテム。貴重な資料です。いつかは程度の良いローライドスコープで撮影したいというのはステレオ写真ファンの憧れでしょう。

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そして、これが民族の祭典ベルリンオリンピックのラウムビルドです。

http://www.stereofotos.de/Raumbildbaende/Raumbildband_Schoenstein_/Die_Olympischen_Spiele_1936/body_die_olympischen_spiele_1936.html

この現物がEBAYに出たことがあります。その筋の世界に、これあり、と知る人は知る超有名アイテムですが、世界にかなりの数が現存していることは間違いありません。よし、と決死の覚悟で参加しましたが、遙か上の上に飛んでいきました。ワタクシが、これは、と思っているくらいですから、世界のファンもこれはと思っているわけです。この中にベルリンオリンピックの記録映画を撮った有名な女性監督もいます。レニ・リーフェンシュタールです。

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次にナチス国威発揚ものがラウムビルドの特徴でしょう。

http://www.stereofotos.de/Raumbildbaende/Raumbildband_Schoenstein_/Der_Kampf_im_Westen/body_der_kampf_im_westen.html

西部戦線の戦いです。フランス、オランダに侵入した時かな。

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http://www.stereofotos.de/Raumbildbaende/Raumbildband_Schoenstein_/Hitler-Mussolini/body_hitler-mussolini.html

ヒトラーとムッソリーニなんてのもありますよ。

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とにかく、膨大な分量がある。関心のある方はこのHPをすみずみまでご覧ください。長くなりますので、次はEBAYでどこにどういうものがあるのか、ワタクシが持っているものを含めて、また、専用ビューアーなども説明します。

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2009年10月22日 (木)

ベティペイジが落とせない

またまた、なんじゃそれは、、、です。申し訳ない。ベティペイジは知っているという方も少なくないでしょうが、裏のマリリンモンローと呼ばれた女性です。ピンナップの女王とか、ボンテージモデルの女王とも呼ばれる。2005年に半生を描いた映画になり、日本では2007年に公開された。2008年12月に亡くなった。ネットのWikipediaにありますので検索すると出ます。1954年にトップピンナップガールと称されたころ、モンローの全盛期と重なるので、裏モンローとなったわけです。最初はロープや拘束具で縛られた写真がストリップ小屋の脇で売られていたというところが非常に輝かしい。ポルノ追放キャンペーンでやられた。ふーん、そうだったのとWikipediaを読む。アンダーグランドの臭い。俳優養成所時代、演技が下手だったのが彼女の運命だったともいう。でも魅力的です。いや、世代によるかな。1950年代半ばに最も光り輝いていたセックスシンボル。オーラを出していますね。しかも裏面もカバーする女王。そのころの臭いを僅かしかリアルタイムでは知らないのに懐かしむという世代の人間の倒錯かな。その当時に詳しく知っていたわけではない。なんとなく以下という程度です。安保闘争の1960年に中学生でした。アメリカの輝き。輸入時代のプレイボーイ誌。アメリカンポップス。あ、これは高校以後です。

Bb5lkcq2kkgrhquhcmeqvi0vyhibkylu5en では、落とせないとは、なんだ。EBAYのベティペイジのステレオ写真スライドです。なにがなんでもという気持ちではないから落とせない。なんだつまらない。アメリカでも人気があるのです。良いもので170ドルくらいがどうも相場のようです。ちょっと高価。もちろん自制心も働きます。EBAYは世界最大のネットオークション。やってみたら簡単でした。日本のヤフーオークションは評価450くらいの経験があります。PAYPALという支払い口座の開設手続きさえできれば、日本のヤフーオークションより簡単でずっと楽です。英文メールが必要になることはほとんどありません。英文メールは数回やりましたが、ブロークンで通用しました。

リアリスト版のスライドがたまにEBAY出ます。とてもおもしろいものが出る。アメリカ人が1960年代にイタリアに旅行した90枚のセットなんてのがあったり、アフリカのサファリ旅行とか。1枚が1ドルから2ドルくらいが相場。すばらしいステレオがあったりして、そのうち紹介します。

1_a_slides257 Bcku9lgbgkkgrhquhdceqdstwjubkzrbloc ベティペイジはかなりステレオ撮影されているらしい。素晴らしいというかリッパですね。

他の映画スターがないのかな。どうもないという感触です。モンローはごく僅かありまして本になっている。有名な本で、一度EBAYに出たのを見ましたが高くなって落とせなかった。残念です。スライドではあったとしても、聞いたことがないから天文学的数字を覚悟でしょう。

こういうものなら15ドルで落としました。ベティペイジではないヌードステレオです。ステレオではない片眼写真なら、大きいオリジナル写真が30ドルくらいでいくらでもあります。でもボンテージは貴重品なのか、見たことがない。

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2009年6月 1日 (月)

明治の日本。おもしろ写真

Img_0178 彩色写真というものをご存じだろうか。手書きの総天然色である。双眼写真にはまいった、というレベルのものが多いが、彩色写真にも、恐れ入りましたというものが少なくない。え、これが幕末明治の写真なの、と驚く。主に本国に帰る外国人のお土産用である。ちょんまげの立派な武士がフルカラーなのだ。

古写真の入門書というか、とにかくおもしろいのは、石黒敬章のもの。この人は肩もこらないし、いいねえ。軽さが好きだ。わたくしはファンの一人というべきか。石黒敬七コレクションを引き継いだ、由緒正しい御仁である。

Img_0176 Img_0177 石黒敬章の基本定番として「幕末明治のおもしろ写真」1996年・平凡社コロナブックス1600円と、「続幕末明治のおもしろ写真」1998年・同がある。これは、まったく無地白紙のごく普通の人にもお勧めできる。

Img_0186 ただし、双眼写真についてはごくごく僅かしか触れられていない。写真館の鶴の探索だ。しかし古写真では手頃だし、本屋にある。その後もこの人の古写真編纂ものがいろいろ出版されています。

石黒は、本のあとがきで、つぎのように書いている。「1987年、朝日新聞社から(甦る幕末)が発行されました。ライデン大学のコレクションを公開した写真集です。中略。(幕末に長崎出島に来た、ボードワン兄弟がその当時収集した写真)と同等の珍写真を、百数十年も経た今になって、しかも小遣い程度の資金で集めることはとてもできません。」

そこで石黒は、切り口をひねり、古写真を読み解くおもしろさに絞ったという。屈指の古写真コレクター、石黒がそうなんだから。古写真のコレクションなど普通の人はできっこない。なにかの時によほど絞ってとしてもだ。欧州古都の、それも東欧あたりの骨董品屋の隅に埃をかぶって眠っているかも知れないが。たまたまそういうのを買って帰る人はいらっしゃるだろう。ザザビーとかいうオークションにベアト撮影古写真が出るかも知れないが。普通のお値段ではないだろう。エジプトスフィンクスのサムライや、ナダールスタジオなどはその筋の誰でも知っているから天文学数字。

Img_0181 Img_0182 しかしながら、「甦る幕末」の写真を見たときのインパクトは強烈である。石黒は珍写真といっているが、時代を写している良い写真ばかりである。繰り返し何回見ても濃厚な感動ものである。類書の中では群を抜く。と思う。Img_0183

Img_0187 Img_0188 同じ朝日新聞から、「甦る幕末」と前後して1986年に「読者所蔵古い写真館」が発行されている。編者の後藤和雄は朝日の写真部の人だが、古写真研究で知られる。この中に薩摩藩主島津忠義のステレオカメラとリシャールのビューアーが出ている。鹿児島の尚古集成館の保存されているそうだ。

Img_0189 Img_0190 Img_0191 ステレオ写真は桜島と江戸城、少年剣士の3ペアーをみることが出来る。しかし、ややや、という双眼写真が掲載されている。立体写真機をロンドンから購入した際に見本として送られてきたガラス彩色ペアーのノートルダム寺院。右と左で前掲の石が全然違うのだ。どういうわけか。左右同時撮影しなければこのように撮影はできる。しかし、見本としてなぜ、頭をひねっても分からない。ハイレベルとすれば、視野闘争Img_0192 という現象がありまして、このような双眼撮影の場合は、ビューアーでごらんになりますと、このように見えますよ、、、という説明見本なのか。だとすると、すごいね。

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2009年5月30日 (土)

明治の日本。G・ポンティング

Img_0168 Img_0169 100年前の写真家。日本ではステレオ写真の愛好家しか知らないだろう。でも、写真の歴史にかなり詳しい研究者レベルならば名前を知っているかも知れない。

Img_0171 Img_0172 ところが、「すぐ分かる作家別写真の見かた」(岡部昌幸・東京美術・平成17年・2000円)という受験参考書のような、お手軽ハウツー教養のような本をパラパラ立ち読みしていたら、並み居る歴史的著名写真作家の中に堂々とポンティングが入っていて驚いた。で、この本を買った。よく網羅されていて、解説寸評の教科書的羅列ではある。わたくしも含めて、お手軽大衆化という面では、これはこれで悪くないと思った。

ポンティングはステレオカードの大手、アンダーウッド社とHCホワイト社とも契約。日本中を旅行してステレオ撮影したことで、ステレオファンには知られている。彼が撮影した双眼写真はステレオカードとなって大量に流通した。そこには1900年前後の明治時代中期から後期の日本が見事に残されている。

Img_0170 小学館から立体写真集「NIPPON 明治の日本を旅する」編・伴田良輔1994年が出ており49ペアーの双眼写真を見ることができる。そのころはランダムドットの3Dブームの時だった。ステレオ写真ファンはその当時、小学館は立派だと尊敬し、とても喜んだ。すばらしいと思った。

Img_0173 Herbert George Pontingは1910年ロンドンのマクミラン社から、In Lotus-Iand Japanを出している。原題は「蓮の国日本にて」。蓮がギリシャ神話の食べ物とすると、訳者あとがきに書いているように、「この世の楽園・日本」という意味か。この抄訳が「英国人写真家の見た明治日本」だ。腰巻きにはスコット南極探検隊同行写真家の「百枚の写真で甦る百年前の日本」とある。講談社学術文庫・2005年・1100円。幕末、明治の西洋人による日本旅行記はなんとなく興味があり、おもしろくて何冊か読んでいるが、文庫本になったときに、あのポンティングだということで早速に拝読した。非常に好意的で日本の風土、風俗と日本人を賛美している。双眼写真の片方の普通の単眼写真だが、100カットが掲載されている。現代の日本人が読むと、むずがゆくなるようだ。それは何だろうか。明治の中期後期の日本社会には江戸時代が半分は残っていたのか、と、はるかに思いを致している。絵のように美しい日本の自然。わたくしの年代でいうと、祖父がやっと生まれた時代だ。

その後、ポンティングは1910年から12年、悲劇の英国スコット南極探検隊に写真と映画のカメラマンとして参加。おおお、そうなのか。で、スコット隊長の南極点アタック隊とは別に12年3月に帰国している。先着された絶望と遭難が判明したのは11月だそうだ。映画と写真は大変な評判となった。1921年「The Great White South」が出版され、1950年まで14版を重ねたロングセラーとなった。こちらの業績は彼の死後、写真集がいくつか新編集されているらしい。探しても簡単には見つからないだろうなあ。オフセットカラー印刷らしい。彼の活躍した時代のリアルタイムの写真集もあるが、もっと難しいだろう。

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2009年5月21日 (木)

で、で、出たー、ニコンステレオレンズ

114735bb 知る人ぞ知る、幻のニコンステレオレンズ。ステレオ写真ファンの中では、この世にこれありと知られた、横綱です。キングです。わたくしは土下座して、ただただ、うへー、おそれいりましたと申し上げるしかない、とんでもない、しろものであります。ライツのステマーのさらに上を行く。その下の序列は、と考えると、マクロリアリストや、ローライドスコープなどが浮かぶ。わたくしは昔、これをいじくったことがあります。どこかに書いております。超稀少品です。

いや、EBAYに出品されていたのです。ステレオオタクというかマニアの話題であり、ほとんどの人がキョトンとするしかない。申し訳ない。お値段は。39440ドルとなっておりますです。400万円より下ですな。独逸ニュールンベルグのPhoto Arsenalというお店が出品しております。誰かが、お買い上げになるかどうか、注目しております。

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http://cgi.ebay.com/Nippon-Kogaku-3-5-3-5cm-Stereo-Nikkor-outfit_W0QQitemZ350202435100QQihZ022QQcategoryZ3323QQssPageNameZWDVWQQrdZ1QQcmdZViewItem

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2009年5月20日 (水)

日本で最初のステレオ写真っていうと2

とにかく、1939年、ダゲレオタイプ発明。この銀板の後に、ガラス湿板以後も、なんじゃら、かんじゃらの歴史がある。わたくしがそんなものをなぞって書いてもどうしようもないので省略。

Img_4294 Img_4295 そこで、日本の写真の黎明期入門書として、「ちくま学芸文庫」の「幕末写真の時代(小沢健志編)」(1994年刊の文庫化で1996年刊)が手頃というか定番かな。この中に1960年幕府の遣米使節団の野々村市の進と川崎道民らのステレオ印画がある。アメリカ軍艦ポーハタンと咸臨丸のときだ。このときに正使たちはポーハンタンに乗艦して少し先行して渡航したのだそうだ。多分、日本人が撮影された最初のステレオ写真だろう。外国のアメリカのスタジオではあるが。

Img_4298 その後、1864年、幕府の第二回遣欧使節団池田筑後の守がパリのナダール写真館でステレオ撮影されている。ナダールという人はその筋ではよく名前が出てくる有名人だ。1862年の第一回遣欧使節団のときにもステレオ写真を撮影されていたかどうか、不明というか、発見されていないようだ。

外国人による日本国内で撮影された最初のステレオ写真としては、1861年英国公使館員ガワーによる神奈川湊がある。横山松三郎双眼写に先立つこと9年だ。

Img_4300 他に、「中橋和泉町松崎晋二写真場(森田峰子)」朝日新聞社2002年がおもしろかった。こういう探索研究をやったらさぞかしワクワクするだろうな、という感想。専門研究者としての仕事というものと、注ぎ込むパワーには脱帽して納得する。松崎晋二は横山松三郎の弟子とされているが、もうひとつはっきりしていないらしい。晋二は、日本が最初に台湾出兵したときに、従軍写真師として参加。明治7年1974年のこと。政府に写真を納入した後、一般に売り出した。かなり高価であった。政府も明治天皇も写真を見た。そして、写真による報告書の威力に驚いた。当時の撮影は直前にガラス板に感光液を組み立て暗室の中で塗って、乾かないうちに撮影するというもの。感光液の薬品の調合が最初の仕事だ。写真術の体得には修行が必要だった。松崎の双眼暗箱での撮影はもっと後になる。その後、明治8年1975年、政府の小笠原調査行にも同行した。このときも政府に納入した後に販売許可を得て一般に販売した。双眼暗箱は持って行かなかったようだ。

しかしその後、松崎が写真販売所で、「双眼写」撮影して売りますという新聞宣伝のくだりで、著者の森田峰子は同じ写真を台紙に2枚貼り、、、、と書いた。なんじゃと、書くに事欠いて、なんたることを。まったくいただけない。正確を期すには視差とかグダグダと表現が難しく冗長になるってか。同じ写真と書かなければよいだけではないか。双眼写真を2枚貼りでも良いかな。

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2009年5月18日 (月)

日本で最初のステレオ写真っていうと

ステレオ写真の歴史は写真発明とほぼ同時進行であり、写真の歴史はすなわちステレオ写真の歴史といっても良いほどだ。しかしながら、ステレオ写真は僅かな繁栄から衰退という歴史を繰り返したのだ。宿命のようにだ。何故だろう。わたくしにとってはとても不思議だ。管見によれば、ステレオ写真に対する感受性がそれほどでない人間も少なくない。と思っている。よくて、ふーん、おもしろいねえ、で終わる。あまり感動しないという人たちが少なくない。その周辺の人たちを含めてステレオ写真に対してまったく無知の人が大多数を占めるに至る。無知か。知っていても無関心。もちろん、単眼レンズ、片眼の平面写真でそれほど不都合はないかも知れない。それで十分かも。ステレオ写真でなくてはならないということは少ない。いや、ほとんどない。でも、しかしながら、生物学的には単眼視覚は劣っていて欠陥に近い。単眼による感覚ではダメということは生物の進化が示している。自然の摂理だ。視差による奥行きの把握。だから単眼の生き物というのは存在しなかった。伝説や想像では一つ目や三つ目以上があるが。昆虫は複眼だ。あれも、単複眼ではないよね、双複眼だ。単複眼の生物がいたら恐ろしいだろう。ここでさらに、火星探査船のマーズパスファインダーのステレオカメラを見よ。あのレベルでも、いや、あのレベルだから、片眼のカメラ搭載ではなくステレオカメラが必然なのだ。

次はそのNASAのページ。火星のアナグリフのステレオイメージがたくさんある。またステレオカメラを突きだした火星探査車の勇姿も見ることができる。

http://www.nasa.gov/mission_pages/mars-pathfinder/index.html

さて、写真の伝来と日本の写真先駆者たちの苦労。経緯と紆余曲折は、ほぼ余すところなく研究されている。その中で手頃な資料として、東京都写真美術館の、「幕末・明治の東京」「横山松三郎を中心に」という企画展の特集冊子が手元にある。1991年1月のものだ。

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それによると、松三郎は1870年明治3年、師の横浜の下岡蓮杖と共に日光を撮影。半年に及ぶとある。その時のステレオ写真が残っている。たぶん、このときのステレオ写真が日本人による撮影ではじめてのものであろう。

Img_4278 Img_4284 Img_4289 徳川公に献じたそうだ。その後、江戸城や京都、奈良を撮影している。

Img_4286 Img_4287 この中で、ややや、なんだこれは、というのがある。それは、なんと縦位置で双眼写真を撮影しているカット。双眼は左右水平でなければならない。上下双眼ではどうにもならない。どういうことか理解に苦しむ。どういうつもりで撮影したのか。知らなかったのか。そんなことはない。横山のステレオスコープが残されているからだ。暗箱カメラと双眼ビューアーは、指物師佐々木吉五郎が制作したとある。

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外国人写真師の日本国内撮影を含めるとどうなのかな。すでにくまなく研究されていたら笑ってごまかす。長崎の上野彦馬が双眼写真を撮影しているが、年代がはっきり分からない。長崎のグラバー邸にも展示されていたのを見た。普通に裸眼立体視できた。昔、長崎の原水禁に行ったときのことだ。長崎大学にステレオ写真のコレクションがある。ウイルヘルムバーガー、と有名なベアト撮影のステレオ写真もあるようだ。http://oldphoto.lb.nagasaki-u.ac.jp/jp/target.php?id=3430

この長崎大学の古写真のコレクションのページはなかなか面白い。カリフォルニア大学のコレクションの日本版だろう。

年代不詳が多いが、次は年代が判明している。「B.K.なるパリの出版社が販売した「中国と日本」と題するステレオ写真のシリーズの1枚。フランス人シャンピオン(Paul Champion)が慶応元年(1865)から翌年にかけての滞日中に撮影したもの。同じ場所で撮った「横浜での日本人の食事風景」という別のカットの写真が存在する。」とある。

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2009年5月 5日 (火)

キーストンのワールドツアーブック

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Img_4263_2 Img_4266_2 100年前の世界旅行。ちょうど、現在のテレビ番組の外国ルポルタージュのように、100年前のステレオカメラマンは世界中を旅した。片眼の平面写真とは異なる疑似現実感をその当時のステレオカードのユーザーである中産階級は感動して味わったのであろう。

Img_4267_2 Img_4268_2 わたくしが、100年前のステレオカードを鑑賞するとき、その画面の場所に、また、その時間に片足を突っ込んだような、また、腕を伸ばせばその画面に入れるような気分になるときがある。これは片眼の平面写真ではとうてい味わえない雰囲気であり不思議な情緒であり、楽しい醍醐味である。

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Img_4273_2 Img_4274_2 今回紹介するのはワールドツアーのヨーロッパ編である。ただし、南欧州しかないので、北欧編があると思われる。あるいは英、仏、独あたりは独立しているのかも知れない。Ebayで探すと、たまにこのような箱入りセットが出ている。しかし、やはり稀少であり、値段も安くない。箱が失われ、欠品のカードが出たりして、バラ売りが多い。

アンダーウッドを吸収して寡占化したキーストンビューカンパニー。そのアンダーウッドにもワールドツアーシリーズがあった。いや、大手4社にその他10社くらいあったと思われるステレオカード販売業者はワールドツアーこそが主戦場であったのだろう。

被写体は歴史旧跡、有名建物、観光スポットが多い。そこに映っている人たちが活き活きしているステレオカードが好きだ。

このわたくしのキーストンのヨーロッパ編では鶏卵紙ではなく、普通の印画紙に移行している。また、カードにかなりの反りが出ているのはこの手のステレオカードに共通した特徴である。裏面には解説が印刷されている。

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2009年5月 3日 (日)

万国実体写真協会の周辺

日本にもホームズベイズ式のステレオカードを扱っていた業者があったことはステレオファンならばよく知っているだろう。万国実体写真協会は東京市赤坂区檜町三番地にあった。そのつもりになれば、神田あたりの専門の古書店で見かけることはそれほど珍しくない。1枚2000円くらい。忘れていたが、裏面に鉛筆で2と書き込まれていた。万国実体写真協会の箱入りセットを僅かな差で逃がしてしまった経験談は、このブログで以前に書いている通り。このステレオは皇居の御堀端の楠木正成像。正成だったけ、たしか。

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しかし、一般の人、専門外の人には、ステレオカードなにそれ、だろうね。申し訳ない。普通の立体写真ファンでもほとんど知らない。万国実体写真協会があったという知識だけでも持っていれば、とりあえずステレオ写真ファンとして合格じゃないかな。時代は明治の末期。流行の言葉ではアラウンド1900年だ。アメリカではアンダーウッドからキーストンあたりのステレオカードの黄金時代。万国というからにはアメリカの版権を買って配布したことは明らか。たしか日本でも会員制の販売方式だったはず。アンダーウッドやキーストンは後日。

さらに、今回は立体写真愛好家でも、ん、ん、ん、というレベルの、マニア度はかなり高いものを紹介する。東洋双眼写真館と、活畫館だ。神田の古書店で発見入手したものや、ステレオカードのバラ売りをネットオークションで求めたものの中にこれが入っていた。わたくしも、実はなにこれ状態であった。ステレオファンとして、いろいろな情報、知識をそれなりに漁っていたので、まあレベルは高いと思っていたのだが、それまでの文献では見たことも聞いたこともなかった。ご存じの方はわたくしより遙かに遙かに上の世代のステレオファンだろう。つまりすでに亡くなっていらっしゃるはず。ん、わたくしなど比べものにならない造詣の深い研究者やマニアの方もいらっしゃるだろうから、あらかじめ笑い流してくださいと先手を打っておきますね。

さて、東洋双眼写真館のステレオカードの裏面には、「本邦ニ於ケル双眼写真発明者 村山峰月製造」とある。村山峰月とは何者だ。この名前はどこかの文献で見た覚えがあるようなないような、はっきり思い出せない。

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双眼写真発明と僭称しちゃってるのだ。原理は日本に写真が伝来して以来同時に知られているわけだから、日本ではじめてステレオカードを製造販売したということを誇大宣伝したのかな。さらに同じ裏面には「双眼写真立体写真画製造発売元」「東洋双眼写真館支店」「東京市日本橋区両国橋通り元柳町七番地」と記載されている。

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表面には、「S.Kutiba」「Riyogokubashi tori Tokyo」と印刷されている。くちば、、クチバ、、いったい何だ。名前か。朽葉さんかな。でも撮影者ではないだろう。社長の名前か。手元の「英国ロンドン市街」「仏国パリー市街」「遼陽ニ於イテ黒木軍ニ峰伏ノ俘虜」はすべて共通同様の体裁となっている。ロンドン、パリーは版権買いと見るが普通だ。アンダーウッドもキーストンも版権を買うと、撮影者の名前なんて出さない。と思う。ウチにあるカードの全部は調べていないけど。うん百枚ありますので。

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他方の活畫館ものは特徴がある。画面が四角なのだ。天がアーチ状に曲線になっていない。少数派である。裏面は「Katsugakwan」「Kanda Tokio」「Photographer.Stereoscope」「双眼写真 活畫館」東京神田区旧御成道元佐久間町六番地」とある。裏面がピンクのものとグレーもものがある。すべて鶏卵紙焼き付け貼りであろう。ウチにある中では手彩色のものはない。

どなたか、もっと詳しい情報をお持ちの方はぜひとも、コメントを付けていただきたい。ご質問でも結構です。

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2008年5月 3日 (土)

ハッセル達人・ステレオ写真集・番外

最近のステレオ写真の世界をかいま見てのことですが。どうもステレオ写真の世界はデジタルカメラ2台方式になっているらしい。しかし、カラーポジステレオの段違いの見え味というか、切れ味を長年経験しているワタクシにとっては疑問が少なくない。ステレオ写真の見栄えの順番はカラーポジペア、紙焼きカラープリントペア、美術写真印刷の網線数の多い優れた印刷ペアもの、最後にパソコンディスプレイのデジタル写真のペアとなると思う。美術印刷レベルと最良のディスプレーは拮抗してきたかも知れない。同面積比較でどうなのかな。まだまだかも知れない。

ハッセルステレオ達人の前田さんは、写真集のあとがきにデジタルカメラ2台で撮影した画像をパソコンディスプレーで見るステレオ写真は縁がないだろうと書いている。よく理解できる。リアリスト判と35ミリフルサイズしかやっていないわけではなく、ワタクシも66のお手軽コースであるスプートニクもやっております。日本ステレオ写真の66ステレオビューアーが定番であります。

さらに、長年、レンズの味とか切れ味とか訳の分からない言葉を唱えて、カラーポジをカラーボックス上でああでもない、こうでもない、色再現のツヤとか剃刀の解像力なんぞとビューアーレンズで眺めてきた特殊な人たちの末端に加わっておりました。最後尾に近いのでたいしたものではありませんが、カラーポジ至上主義です。マクロスイターの比較研究なんぞといいだしたらすでに廃人ですが、古いレンズの色気や官能だとか、健康な人には理解不能な世界から見るとパソコンディスプレーで見る写真は少しも面白くない。

デジタル一眼の画素数の大きい最近の高級機は、交換式高級レンズの解像力も良いので、いくらでも大伸ばしに耐えるだろう。全紙でも全倍でもびくともしないかも知れない。また一方でコンパクトデジでも1000万画素を軽く超える時代。でも写真はレンズのウエイトが大きいから、こちらはレンズの性能次第。ハイスペックレンズを装着したデジタル一眼の2台方式でステレオ撮影したとしても、鑑賞はどうなるのだろうか。ここでひとつひとつ細かくは述べないが、ステレオファンであれば、平行法、交差法、裸眼立体視、ビューアー、透明ポジ、紙焼きプリントの差異を含めて、その原理と制約、利害得失は分かるはずですよね。よく分からない方には申し訳ないが解説は蛇足なので省略。

ところで近い将来、パソコンディスプレイの進化はあるだろうが、すでに飛躍的な余地は残されていないと考える。極端にいえば、ディスプレイー上の平行法立体視では限界が見えていると思う。以前にこのブログで言及した航空写真用実体鏡のレンズ性能の良いものがパソコンディスプレー用に改良されたらなんとかなるだろうが、こんなものが普及するとは思えない。25cm角ペアーまでいけるらしいが、ものものしくて使う気にもならないかも知れない。ただ見えるだけのレンズと収差のない高級レンズは別物なのだ。ディスプレー上でも大画面の交差法立体視ならば、より大きな画面で、20cm角から30cm角のペアの立体視は可能かも知れない。また、以前に言及したセオドールブラウン先生の片目に使う平行法スコープならば、15cm角から20cm角のペアくらいは可能だろうと考える。原理的にはブラウン先生の方式が交差法より優れているはずである。15cm角のパソコン画像というと同面積の紙焼きプリントの画像品質に及ばないが、将来は肉薄するかも知れない。でも結局はその程度だろう。ワタクシに言わせたら、やはり夢がない。夢ならば、飛躍してホログラムの進歩、実用化だろう。スターウォーズの、例の姫が出現するやつだ。あるいは、適当な枠の中に奥行き視差のある視覚が出現する装置。

振り返って、ハッセル達人の写真集の大伸ばしの片目の写真のグレード。これを交差法で見てみたい。

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2008年5月 2日 (金)

ハッセル達人・ステレオ写真集・その2

ハッセル達人の前田さんとの出逢いはこういうことがあった。十何年前かな二十年にはならないと思いますが、ウチの子どもが中学かそこいら。神宮花火大会に家族4人でいった。ワタクシはペンタックス2台をステレオバーに乗せて三脚を立てて座っていた。基線長は1mくらいです。隣に座っていらっしゃったのが、前田さんご夫妻であった。1946年生まれのワタクシより5歳上ですから熟年ご夫婦。こんな偶然があるもんですね。

大群衆の中でいくら石を投げても、ステレオ写真ファンには当たるものじゃない。そもそも、そんじょそこらには居ないのだ。それが、ハッセルステレオ達人の隣でツタナイながらステレオ撮影をしていた偶然。前田さんは純粋花火鑑賞で手ぶらでした。実はこれこれ、それはそれはナニナニとお話がはずんだ。え、中判でステレオ撮影していらっしゃるのですか、なんとまあ素晴らしい、恐れ入りましたでございます、というような話だったと思う。

で、NIFTYフォーラムのステレオ写真の愛好家数人と一緒に東急学芸大学にいらっしゃった前田さんのところにハッセルステレオ写真を見に行った。いや、最初は一人でいって、NIFTYにいろいろテンマツ報告を書いたのかな。当時はいわゆるアクティブメンバー代表の一人でしたから。ステレオビューアーを見た人は正に驚愕した。それ以来、兄事しているつもりだが、失礼して時間が流れていた。

実は、当ブログのどこかに書いているが、ワタクシの所属する磯釣クラブの潮風会の先輩がやはりハッセルステレオをやる。こんな人は普通はいないわけだから物凄い偶然である。世間は狭いというか広いというべきか。ワタクシよりたしか10歳以上は年上だが、この人はステレオベースに信念があって、ハッセル2台方式の弟としてマミヤ645、さらに末弟としてローライ2000という、35ミリのハッセル形式のカメラというフルラインナップ。もちろん普通のステレオカメラも使う。レンズのステレオベースが重要だというのだ。理論上は正しい。

その後、ワタクシの狭いところでハッセル達人を囲む会、並びにリアリスト判のステレオプロジェクターというミニオフ会をやったこともある。エピソードをひとつ。ハッセルステレオはビューアーを見ている時間が長いのだ。ひとつの作品を30秒も1分も見る。目が釘付けになる。目を離さず、ビューアーを離さない。時間が掛かる。素晴らしさに驚嘆して、隅々まで見て、さらにあきれながら熟視する。これはリアリスト判ビューアーとは違う。2倍3倍も違うのだ。もちろん撮影対象の素晴らしさ、そして優れた撮影技術も影響している。写真の作品としての質が高いのだが、ステレオ写真としてそれが増幅されている。同じ記述を赤瀬川源平のグループが見た時に、ほぼ同様に書いてあったのを読んだ。そうなのだから同じように書くしかない。ワタクシと一緒に見た人は、素晴らしい、ステレオ写真集にすべきだという人が少なくなかった。このレベルなら片目の写真集でも文句ないといったような記憶もある。

その後しばらくして、ステレオ写真集にする話を聞いた。サンプルも見せてもらった。しかし、これは当写真集のあとがきに書いているように事情があって頓挫した。そしてやっと実現したのがこのステレオ写真集である。

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2008年5月 1日 (木)

ハッセル達人・ステレオ写真集・その1

最近までの、入手できる日本のステレオ写真集ならば、たいていのものは見ているはずの小生が、確信を持って最高と評価できる。ステレオ写真ファンにはぜひこれを見てもらいたいと願う。「ステレオ写真作品集・立体無限」発行者・著者・前田慧(まえださとし)2008年4月21日発行。頒価1万円。

連絡先前田慧・maeda3d@mac.com

ハッセルステレオ達人の前田さんはよく存じ上げている。とても素晴らしい御仁。

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書店経由や出版取次ぎがどうなるのか、いまのところ分からない。月刊「写真工業」で紹介されるらしい。入手するには発行者にメール連絡かな。いわゆる自費出版ですけど、こういう出版物を流通に通す業者があるはずですが。

ステレオ撮影はハッセル2台方式。66のポジ原版のペアで、印刷実寸ペアはタテ73ミリ、ヨコ70ミリ。左右アキが2ミリ配置。裸眼立体視がギリギリ可能な最大の大きさで基線長72ミリとしている。これ以上の基線長配置だと、多分、裸眼立体視マタワリ(股割り)修行していない人だと無理だろうと思う。マタワリの周辺についてはこのブログのどこかに何回か書いているはず。そして各作品は左ページに297ミリ210ミリの片目の普通の写真を配置して、右ページにステレオペアと解説文という構成になっている。

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作品内容は高名なプロの山岳写真家、風景写真家とほとんど差のない、いわゆるハイアマチュアというレベルで文句なしに素晴らしい。撮影技術からいうと、こういうレベルの写真マニアの方たちは多くいらっしゃる。ちょっとした撮影ポイントにはこういうおじさんたちがたくさんいることはみなさんご存知の通り。ワタクシもリアリストの他に、重い三脚と数本の交換レンズを入れたカメラバックを肩にしておじさん達のはじっこで撮影していたこともある。といっても、所詮はお手軽コースであるから、もちろん、35ミリ一眼ではない中版カメラの御仁には敬意を払わざるを得なかった。67ペンタやマミヤ中判でもナニだが、ハッセルやローライとなるとなおさらである。ハッセルが2台並んでいたら普通の写真ファンの感覚では腰を抜かす。知識と素養のある人であると、ハハン、ステレオ写真だなと、もう一段階ほど尊敬するのが普通。レンズがプラナー標準2本ではなくディスタゴン2本と分かるとまた腰を抜かす。本体のお値段を知っているが、ディスタゴンの値段も知っているからだ。

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ワタクシの義弟は写真クラブに属して、よくあることだが、たまに、夜明け前から天気予報を気にしながら、風景写真のこれぞというポイントに待機するそうだ。深夜に車で数時間かけて行くことは珍しくない。もちろん国産中版カメラである。古くはブロニカからペンタだ。そしてギャラリーを借りて写真グループ展なぞをやっている。こういうレベルは特に珍しくない。

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しかしである。前田さんの撮影地の凄さには圧倒される。いったい何回海外撮影に行っているのであろうか。ツアーでロケハンに行って再度本番撮影旅行という場合もあると書かれている。何回も何回も腰が抜けますな、まったく。ロケハンって映画、写真で基本語であったが、馴染みのない言葉になってきた。ロケーションハンティング。こういうレベルは片目の普通の写真でもアマチュアではかなり少ないはずだ。

Imgp5151 Imgp5152 さらに、そして、なんと、ハッセル2台のステレオである。絶無に近いと断言できる。アメリカ、ヨーロッパにそれぞれ2人か3人くらいはこれに似たパターンのハッセルステレオ達人がいらっしゃるかも知れないが寡聞にして知らない。ともあれ、ヨーロッパアルプスの山岳写真はただ感嘆して見るしかない。ここで、言葉を悪くして、あえて言えば、この写真はだいたい絵葉書写真じゃないかというのは簡単である。技術のあるハイアマチュアなら言いそうである。片目の普通の写真ならば、そういう言い方は、もしかしたら通用するかも知れない。でもしかし、ハッセルのステレオ風景写真を見たことのない人は絵葉書写真が質的変化をしていることが、つまりまったく別物であることが、理解できないはずである。ハッセルのディスタゴンで撮影されたステレオ写真を見たことがない人は、簡単に何かを論評してはいけない。それも、できればポジ原版のカラースライドのステレオ写真を見てからの話だ。ポジ原版というものはもう一段違うものだ。経験のない人には理解できないだろう。そのくらい凄いのだ。あきらかに印刷や紙焼きとは数段違う。いかに美術写真印刷の技術が高度になったとしても、印刷ではポジステレオビューアーの切れ味を再現できないのは残念だが仕方がない。知識と経験のないステレオファンは、この印刷のステレオ写真でも驚くだろう。

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2008年3月29日 (土)

神田川の桜ステレオ編

ペンタックスデジ一眼に以前紹介したステレオアダプターで撮影した。ステレオペアーの画像をアップするのは面倒で難しい。平行法裸眼立体視できるサイズを想定して縮小するわけだが、ビームスプリッターは中央に黒い部分が入るのでカットして画像編集しなければならない。Imgp5014 Imgp5015 Imgp5016 Imgp5017 Imgp5018 Imgp5019 Imgp5020 Imgp5021 Imgp5023 Imgp5026 Imgp5027

Imgp49861 このなかで、柏木不動は中央の黒い部分をカットしていない。そのままである。これでも大丈夫じゃないかな。

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2008年3月 2日 (日)

天上の花

朔太郎の娘で、萩原朔美の母である萩原葉子の小説。当時芥川賞候補になった。調べると選考委員の選評があった。

http://uraaozora.jpn.org/akuta55.html

詩人の三好達治と、左藤惣之助と死別した朔太郎の妹愛子との悲劇が書かれている。愛子は父の妹だから悲運の叔母、悲劇を生きた叔母ということになる。

いずれにしても詩人として生きるということは、常人にはない研ぎ澄まされた切れ味がなければならず、触れば血が噴出すものでなければならない。三好達治も激しい。

しかし、グーグル検索というものはすごい。ワタクシがつたない知識、筆力でダラダラ書くよりも、これだ、というものがすでにあった。だいたい余すところが無いと思う。

http://napotaro.at.webry.info/200703/article_2.html

萩原愛子のその後というものが知りたくなった。で、もうひとつ、三好達治のその当時の45歳という年齢からして徴兵は免除されたのだろうが、戦地で無数の兵隊が斃れていた時代。三好達治は想い続けた愛子と一緒になるために妻子を捨てた。捨てられた妻子である佐藤春夫の姪のその後も気になる。

兄朔太郎が撮影したあのステレオ写真の愛子には魅力がある。左藤惣之助と結婚する前であろう。三好達治が恋焦がれていたのが分かるような気がする。でも反対されて許されなかった。左藤惣之助と結婚してしまった。達治からすれば取られてしまった。

このステレオ写真は、朔太郎が離婚して子どもを連れて実家の前橋に移った時代なのだ。シャッターを切るときには鬱屈した気持ちがないはずがない。葉子は写っていない。妻は浮気して子どもを捨て出奔したとされている。でも、しかしながら、あのステレオ写真の雰囲気は良い。良いステレオ写真だが、これだけの背景がある。

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2008年2月25日 (月)

萩原朔太郎と佐藤惣之助

当ブログにおいて、磯釣の先達に登場した佐藤惣之助と、日本のステレオ写真の初期愛好家として触れないわけには行かない萩原朔太郎には深い接点がある。二人の詩人の最後は、相次いであっけなくこの世を去ったのだ。朔太郎は昭和17年5月11日肺炎で死去。57歳。13日に自宅で告別式。佐藤惣之助が葬儀委員長であった。その4日後、惣之助は過労から脳出血で死去。52歳。なんということだと思う。実は佐藤惣之助は昭和8年、萩原朔太郎の妹周子、本名愛子と結婚している。先妻とは死別して再婚であった。朔太郎は惣之助の義兄なのだ。日本の詩の巨人であった朔太郎に対して、作詞家としては知られている惣之助にも生涯に22冊の詩集がある。惣之助には、<<私は詩を大衆の中に捨てた。そして波浪の中から自然の魚を釣った>>という文章がある。そして釣詩一如が惣之助が目指す境地であったのかも知れないと金森直治が復刻版の「釣心魚心」の解説で書いている。なるほど。作詩と釣り。惣之助は釣本では6冊残している。

Img_2284_2 「釣心魚心」は釣の随筆としては日本の釣書の中では屈指の本とされる。たいへん洒落た装丁の本である。

金森直治は名古屋の石鯛釣りの大先輩だが、釣本の研究家というか、釣のエッセイで知られる。知る人は知ってますよね、あなたも知っているでしょ。正統的釣師を目指すなら、必読の一人。下手な釣りライターなんて読んでいたらダメ。何回も書いているけど、とくに釣業界に擦り寄っているヤツはダメ。永田一脩の後、まともな書き手としてこの人の右に出る人はいないだろう。

Img_2283_2 話が横道に入ったが、朔太郎の妹の愛子の写真が朔太郎写真集にあるので紹介。昭和3年ころステレオカメラで朔太郎が撮影した家族の写真。後列右端が萩原愛子。おお、この人が萩原愛子なのかと。おとうさんも妹も甥っ子もいい雰囲気だったね。

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2008年2月22日 (金)

セオドールブラウンの面白さ

以前に紹介したこの大先生の御本には、かなりのステレオファンでも見たことも聞いたこともないがいろいろ出てくる。すでに知っている人がいたら、偉い。ワタクシがいうのだから間違いない。この大先生は文字通りステレオ写真の歴史から埋もれて消えたが、いい先生だねえ。ワタクシは好きだ。

恐れ入りましたというのもを2つほど。チープというかエクスペンシブでないということをかなり強調しているのがブラウンの特徴である。自分でステレオパーツの事業をしていたことが影響している。

Img_2280 Img_2282 ひとつは、トランスミッター。今はビームスプリッターというのが普通。簡単なものはフィルターのように装着する単一プリズムとペンタックスステレオアダプターのようにミラーまたはプリズムで2回反射させるもの。単一プリズムは屈折させるだけで反射はない。この方式も4個のプリズム、4枚のミラーから2枚のミラーと2個のプリズムなど、細部のバリエーションがある。

Img_2281 Img_2279 ところが、レンズの前に装着するミラー2枚のスプリッターを考案し実現していたのだ。商品化した。図を見たら、なるほど、こういうのもアリだなと納得する。もちろん驚く。現代の一眼レフ用を、レンズフードを利用して表面鏡2枚で作れないことはない。しかしねえ。よほどハイテンションでないと。どういうことになるのかな、反射一回だから、、、と、2回反射は元に戻るのだから、、、、、と、何をいっているのか分かるステレオマニアの方は、お考えください。チープではある。

Img_2277 もうひとつはビューアー。こちらも驚き度は高い。こんなの考えたのかって尊敬する。リフレクトスコープという。図を見だだけでは分からない。多少の工夫がある。ステレオマニアの方、お考えください。説明を読んでなるほどと思った。実はこのミラーはturned slightly away from each otherなのだ。中央が少し出ている。つまり、右目像に左目像が入らないようにしているのだ。で、簡単に裸眼立体視できるはずである。大きなものでも小さなものでも、ミラーの距離可変で可能だろう。現物がないでのそれ以上はいえない。でも、反射像を立体視することになる。裏焼きでいいのかな。マニアの方、お考えください。面倒だから考えない。これも作って作れないことはない。むしろ簡単だ。

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萩原朔太郎のステレオ写真その2

今回もいままでに増してマニア度が高いので申し訳ない。その1から続く。

45x107乾板は密着焼きでもよいが、ポジ鑑賞が主体らしい。60x130以上が印画ステレオカードに良いと書かれている。しかし原寸印刷はなく、どれも拡大印刷されている。サンエス堂の台紙を53x127に拡大印刷したものは基線長が70ちょっとなのでワレワレは軽く平行法裸眼立体視できる。それより大きなものはビューアー必須である。ところで、密着印画のステレオカードはトキオスコーImg_2269 Img_2270 プをビューアーとして使うことでは見ることができない。印画用のステレオカードを見る別のビューアーを使ったはずである。トキオスコープのビューアー使用では明り取り用の窓がないから真っ暗で見えないはず。

次はネット上のトキオスコープの詳細な資料。これはすごい。

http://www.camerapedia.org/wiki/Tokioscope

ここには、ビューアーの宣伝が出ている。Solidoscope(ソリドスコープ)1円80銭とAdjuscope(アジャスコープ)3円50銭。こういうものがあったはずだと思っていたが、ワタクシも初めて見た。

Img_2264 Img_2265 Img_2266 ウチにはリシャールの折畳み実体鏡がある。レバーによるピント調節の具合もよく出来ていて優れものである。昔、萌えていた当時にクラカメ店で見つけた。実寸で45x105サイズがちょうど入る。補助ツールを作ればリアリスト判でも使用できる。

Img_2267 Img_2268 当時のリーディングカンパニーといってもよいパリのリシャール社は、大型から小型までビューアーは多い。秋山の本では、45x107用と思われるものは明かり取りが開いたビューアーと折畳みが2種類出ている。同じものである。

Img_2272 Img_2271 当時のステレオ乾板は45x107と60x130がほとんど。Img_2274 大型乾板のステレオカメラはすたれてきている。60x130乾板は日本では使用する人が少ないと秋山轍輔が以前に紹介した本で書いている。この本は昭和11年であるが、すでにトキオスコープは残念ながら市場から消えているとある。そうだったのか。国産のステレオカメラである曽根春翠堂のトキオスコープは1921年(大正10年)発売で、フランスのリシャール社のグリフォスコープのデッドコピーといってもよい。トキオスコープは80x105の国産手札乾板を半分にカット加工した40x105乾板を使えるようにされており、曽根春翠堂はその国産カットステレオ乾板を供給した。しかし、45x107も両用で使えたらしい。正規国際規格の輸入品は高価だったからである。ステレオ乾板の国産品がなかったのであろう。

ついでにリシャールの密着用のステレオ焼き枠が出ていた。左右入れ替え用である。Img_2273

輸入のステレオ乾板はアグファやルミエールなど数種類。昭和11年にはオートクロームの天然色乾板もあった。また、高級機ではチェンジングボックスやロールフィルムバックやカットフィルムも出てきていたはず。マニアでないと分からない方が多いでしょうが、説明省略。日本の需要と供給の関係。

ところで、朔太郎が使っていたステレオカメラははっきり分かっていないようだ。40x106のポジが遺されているということは国産のトキオスコープも使っていたことは間違いないだろう。また、フランス製ステレオカメラを使っていたことは本人や周辺の人の複数の証言がある。その当時、多分最もポピュラーであったのは1905年(明治38年)発売のグリフォスコープであろう。他のカメラと比較して、その仕様から低価格、かつ実用的だったであろうと想像できる。秋山の本の当時では40円から50円で入門用とある。昭和11年の最新鋭高級機はフォクトレンデルのステレフレクトスコープで小西六本店定価表で630円から670円。ライカといい勝負じゃないかな。これはフォクトレンデルファンなら誰でも知っている有名なカメラだが、現在こんなのを持っている人は手遅れの廃人しかいない。ローライドスコープのオーナーは如何。トキオスコープ以前の時代にポピュラーでない高価なステレオカメラが日本に輸入されたとは考えにくい。あ、そうか徳川慶喜がいたか。グリフォスコープとトキオスコープはシャッター部分を外すとレンズだけが残り、ビューアーとして使えるのが特徴だが、その場合は構造上ポジしか使えない。つまり印画のステレオカードは見ることができない。ウチにあるようなスタイルの単独ビューアーで朔太郎は印画ステレオカードを見たのだ。

そしてもうひとつ、現存する最古のステレオプリントは明治36年5月撮影とある。朔太郎18歳で1903年。そうすると1903年のベラスコープは、当時のレア商品の輸入環境では無理がある。1894年の初代ベラスコープはたしか60x130じゃなかったかな。60x130の乾板は一つも残っていないので朔太郎は使っていないことはほぼ確実。となると、グリフォスコープではないフランス製のステレオカメラを使っていたのか。面倒だからもう探索はやめた。

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2008年2月21日 (木)

萩原朔太郎のステレオ写真その1

萩原朔太郎は高村光太郎と並ぶ。日本の詩人の二大巨人といっても良いだろう。詩集「月に吠える」は中学の国語の教科書で目にしたのが最初だが、深く印象に残り、心に刻まれた。中学生であり、凡庸な少年の心の中である。優れた詩だと思った。月に吠えるという詩集のネーミングも響いた。なるほど、優れた詩人というものはかっこ良いものだなと思った。高校ではランボーや日本の現代詩などを知った。当時の普通の青少年たちのありきたりのパターンであった。

Img_2257 そのずっと後になって、朔太郎はステレオ写真の愛好家であったことを知った。いつだったか、NIFTYのフォトフォーラムのステレオ写真会議室で、あ、ニフティーでは会議室という掲示板ですが、朔太郎の写真集が生地である群馬県前橋の上毛新聞社から昭和56年に発行されていること。そして、その写真集の在庫が新聞社にまだある。という情報がアップされた。常連メンバーのステレオファンに驚きの波紋が広がった。上毛新聞社に電話で注文して入手したのがこの写真集。かなり多くの人が注文したようで、新聞社が不思議に思ったそうだが、まもなく在庫がなくなったと聞いた。

巻末の、「僕の写真機」「自分の映像を見て」などのエッセイも読んだ。萩原葉子の、「父の枕元」や解説の「萩原朔太郎と写真」を興味深く読んだ。

次の一節は良く理解できた。<<僕はその器械の光学的な作用をかりて、自然の風物の中に反映されている、自分の心の郷愁が写したいのだ。僕の心の中には、昔から一種の郷愁が巣を食っている>>、また、

<<僕の心のノスタルジアは、第三次元の空間からのみ、幻想的に構成されるからである。>>

なるほど、ワタクシもステレオ写真には、たしかに不思議な現実感を感じる。疑似現実感。もちろん二次元の平面写真ではまったく得られない感覚であり、魅力である。朔太郎はこれを不思議に幻想的であると書いている。我々ステレオ写真ファンにとって、ステレオ写真の立体視は日常行動である。写真には片目単眼の写真と両目双眼の写真がある。普通の写真は片目単眼写真として峻別している。

Img_2258 その後、1994年に新潮社から、萩原朔太郎写真作品「のすたるじあ」が発行された。定価1600円。実現した新潮社は立派。こちらはステレオファンなら誰でも知っているだろう。

どちらの本も立体視するには非常にややこしいことになっている。遺されているステレオガラス乾板から印画プリントしたものは左右を入れ替えないで、そのまま状態を編集原稿としたため、交差法の配置となっている。編集者の知識不足からだろう。いや、立体視を試みなかった、あるいは立体視が日常行動となっていないからであろう。しかし、そのように理解した上で読者である我々は交差法裸眼立体視することができる。そうなのだ、交差法配置では裸眼立体視しかできない。交差法配置では普通のビューアーでは立体視は不可能。見分け方はペア中央が真っ黒のものだ。撮影ステレオ乾板そのままの姿である。

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Img_2260 Img_2261 一方、最初から印画紙に焼き付けてステレオカード状態のものを複写原稿としたものはすでに平行法配置であるから、小さいものは平行法裸眼立体視、大きいものはビューアーで普通に立体視できる。見分け方はペア中央にサンエス堂、あるいはトキオスコープ、あるいは丸ビル浅沼製と入っているもので三種類遺されている。

Img_2263 Img_2262 ややこしいのは40x106のガラスポジ乾板が遺されていること。ペアの間の中央が白く抜けているものとトキオスコープと入っているものが平行法配置でポジ乾板だろうと思われる。観賞用ガラス陽画。一見して撮影ネガよりも中央がかなり広く開いている。この40ミリサイズはトキオスコープで撮影してトキオスコープをビューアーとして使用して観賞用ポジを見たことを示している。ポジ乾板はステレオ写真業者が処理したものは中央に社名が入っていただろうと想像する。面倒だが、自分で現像してさらに左右入れ替えてネガポジ反転、その乳剤面に保護用ニスを塗って作ることはできる。これをトキオスコープの場合は密着露光の際に中央社名入りとした。と想像される。コダックのマウントサービスの台紙ロゴようなものだろう。サンエス堂のものは台紙だけ利用して印画紙を貼っているのだろう。貼りが粗雑である。

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2008年2月10日 (日)

1895年のポケットステレオスコープその2

その1より続く。

Img_2243 同じくノブでミラーの角度を変えて調整できるソニーの製品がある。調べると古今書院で同じものを現在も扱っていた。3150円だった。

http://www.kokon.co.jp/

これはかなりおすすめというか優れものである。改めて調べてみると、単眼の視野は明視の距離25cmで左右は15cmくらいが見える。基線長は接眼部65ミリ、対物窓は約110ミリ。つまり平行光軸で110ミリ角が立体視できる。ミラーを最大に開くと20cm角くらいまで立体視できることが分かった。

Img_2244 Img_2245 予想外に素晴らしい。もっとも左右の歪曲は出る。右像、左像で斜め視線になるから中心に比べて周辺像が小さくなる。互いに逆の歪曲になっているが融像できないほどではない。この基線長とミラーを開いた状態の意味の解説は書けるが、マニアでも、ん、ん、というヤヤコシレベルなので省略。また、最もミラーを内側にすると、歪曲は出るが55ミリ角くらいまで可能。

他には、もっと簡易型の固定式で類似の現行品もあることを知った。凸山さんのコメントにある。

http://fieldmixture.com/

Img_2247 Img_2248 その他の簡易版は写真のようなプラ製品ものがある。これは、はっきりいって、使い物にならない。プラスティクのプリズムレンズの精度が良くない。ステレオに見えますというだけ。ステレオ本のオマケで何個もウチにあるが、収差と歪曲がヒドイ。実は、世にあるホームスベイツ式も同じ方式で外側に光軸を開くガラスの固定プリズムレンズである。多分光学ガラスだと思うが、こちらはちゃんと使い物になる。

ところで、平行法裸眼立体視では、普通は人間の平均的両眼間隔である65ミリ以下を双眼立体視するものであるから65ミリ角以上のものは難しい。普通の人は練習体得して60ミリ以下が無難。フォーマットとして66ペアが良い理由がそこにある。修行した人で70ミリからなんとか75ミリ。ワタクシは開いていくやり方だと80ミリ程度までいくが、最初から80ミリだともう少しのところでなんとしても合わない。あ、明視の距離25cmからが標準です。ともあれ、今後、パソコンディスプレイ上のステレオペアを見ることが増えるであろう。65ミリペアではやはり小さい。交差法なら大きくても可能だが、小さく見えるのが難点。交差法立体視は並行法よりも力が必要というのが定説。力というのも変だが。平行法の方が自然に見える。しかし、平行法で裸眼立体視はとても無理なステレオペアがウエブにはよくある。なにも考えていないのか、超又割り能力者なのか。交差法と間違えていると思うものもある。もっともディスプレイの解像度によって、表示の大きさはかなり違うから、そういうことなのか。古いパソコン機種ではものすごく大きな表示になっているだろう。現在のところ、1024画面で無理なのはやはり無理だろう。ウチにも解像度の高いのがあるけど、全体が平均的に小さくなってかえって見にくくなってしまうのだよね。大きいパーツを高い解像度で見るべきだが、まだ過渡期だろう。

そうか、そうだ。大きな平行法には正にマサニこのブラウンのポケットステレオスコープ方式が良いのではないかと気がついた。やっとだが、これが本題である。デジカメとパソコン時代のステレオ鑑賞はこれだ。ソニーのやつよりスマート、かな。かなり、かっこいいかも知れない。大きなペアでも多少の歪曲ありでなんとかなるのではないか。少し斜めにすればよいはず。現物で見たことがないのであくまでも想像である。作るには表面鏡を2枚、コの字形のアルミフレームを利用すれば良いかな、と考えた。分からないですか。よく考えてください。平行角度は固定されてブラウンのオリジナルより強度もあるでしょう。もちろん内側は反射消しで黒く塗る。コの字よりロの字アルミフレームの方が良いかもしれない。とにかく45度菱型に切断します。レンズフードのようなものを接眼用として取り付ける。ミラーは光量ロスが発生するのでそれなりに暗くなるのはやむをえない。そうか、光量ロスを考えると、ロスの少ない光学ガラスの直角プリズム2個で同様になるな。でもプリズムは色収差の代名詞である。色消しプリズムかあ。セットで2個だから4個組み合わせか。カタログを調べた。1セット8000円くらいの2セット。高価になるなあ、と動く前に逡巡している。まてよ、もうひとつある。それだったら最初から、ひし形プリズムだ。ロンボイドプリズム (菱形プリズム)は、像の状態を変えることなく、光軸だけを特定の距離 (変位量)だけ平行移動するもの、である。どっかにころがっていないか。なーに、探したら、なんとかメドはつくだろう。よし、ロの字フレーム方式とロンボイドプリズム方式のそろいぶみだ。え、勝手にそろいぶみしてくださいってですか。とほほ。そろいぶみできないかも。

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1895年のポケットステレオスコープその1

Img_2234_2 今回はかなりマニア度が高いので関心の薄い方には申し訳ない。え、ではいままでは高くなかったのかって、いえまあ、その、なんですな、いろいろありますよ。スクロールするか我慢してください。STEREOSCOPIC PHENOMENA OF LIGHT & SIGHTという本がある。ワタクシの直訳では、光と視覚の立体鏡現象。実は1903年にセオドールブラウンという人が書いた。ブラウンは1870年生まれのイギリスの人である。だいたい100年前のステレオ解説本である。この本は、実は1994年におなじみのREEL 3-Dによって復刻されたものである。なんと90年ぶりに復活したわけだ。どんな内容か興味があったので、そのころに、とにかく入手したのだ。現在ならそこまでの、いや、あのころの熱意はないだろうな。現在はおかげさまで平熱に近い健康人にまで回復しております。でその頃、この復刻版をなるほど、なるほどとツラツラ眺めた。読んだとすると、つたない読解力であり、おこがましいことおびただしい。

Img_2237_copy_2 この中に出てきたポケットステレオスコープというものに驚いた。ワタクシの乏しい経験では見たことも聞いたこともなかった。たとえば、昭和13年の誠文堂新光社の新修写真科学大系第7巻の秋山轍輔の双眼写真にも出ていない。左記の本はコメントしてくれて、新しくリンクに入れたバリバリ凸山さんのリストに入っていて驚いた。

Img_2238_2 ステレオカードを見ている図があるが、普通のカードは80ミリの基線長である。修行を積んでも裸眼立体視は難しい。多分、この道具の情報は世界のどこからも消えていたのだ。あるいは、ステレオスコープで見るべきであり、取るに足りない、という評価で無視され、忘れられたのか。最初から単にマイナーで、知られていなかっただけなのか。効果的ではなく、あまりかんばしくないものかも知れない。実際に使ってどうなのか想像するだけしかない。かくいう本人のワタクシも知ってから十数年そのまま封印していたのだから世話はない。

で、最近はこういうことを考えるようになった。その2に続く長文になる。大きなステレオペアーを見るには、理想的には航空写真用の反射実体鏡である。基線長は26cmから27cmでトプコンのそれは24cm角以下のペアーを実体視できる、とある。これの場合は小さいのは多分不可であろう。アサヒソノラマの、ステレオ写真の世界、には当時の価格15万円と出ている。ニコンにも同様の製品があった。ナチスドイツ空軍のこの軍用物件がオークションに出たことがあった。おお、これはすごいと入札したが、追いつかなかった。そうとうなステレオマニアでも、この物件は、欲しいけれど値段がちょっとという怪しいブツであろう。性能最高だろうが超貴重怪奇物件というべきだ。後の祭だが、実は格安だったのだ。ワタクシの熱意がなかっただけである。

Img_2241_2 Img_2242_2 類似の簡単なものはピークの小型実体鏡がある。接眼間隔が75ミリまで調節できる。4倍と2倍とがある。両方ウチにあるのだけど、片方が出てこない。三角プリズムと同様に外側に光軸を曲げて接眼間隔よりも少しだけ大きなペアーを見ることができるが、限度がある。凸レンズの周辺は三角形であり、両眼間隔65ミリの人が75ミリにレンズを開いて覘くと、その三角となる凸レンズ周辺部分を使うからである。でも、実験では65ミリで70ミリ、75ミリで80ミリしかできなかった。おかしいな、又割り使ったのと判別できないくらいだ。レンズ使って又割りができるのかできないのかよく分からない。ピークのカタログを見ると航空写真用の反射式もある。下はピークのウエブのカタログで品番の2039にピークミラーステレオビューアー。

http://www.peak.co.jp/index0.html

小型の品番は1994で立派な現行品であるようだ。その2に続く。

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2008年2月 9日 (土)

ステレオビビッド

Imgp4971 Imgp4973 日本のステレオファンには有名なカメラ。というのはステレオの伝道者の一人、赤瀬川源平がこのデザインに痺れたと書いていた影響が少なくないだろう。読んで、たしかにその通りと賛同した記憶が。このメカニック感はすごい。さらに従来のカメラにはないオリジナリティがあふれている。既成観念にとらわれない設計、デザインである。主義主張を通して、キラキラした個性派でもある。敬愛すべきであろう。この優れた設計者はゴードン・スミス。実はビューマスターパーソナルと共通したデザインである。このあたりの経緯はマニアの方ならご存知だろう。後日、最も成功したステレオシステムというべきビューマスターの時にでも触れましょう。

このカメラの特徴は少なくない。露出計じゃなくて、露出盤を組み込んで連動式としたこと。ガイドに沿って動かすと適正露出に近い値がセットされているという仕掛け。あ、日本には同じ趣向の関式サロン露出計というのがありました。最後はセノガイドというクリップオンの露出盤となり、その筋ではたいへん珍重されております。それ、よく知っている、探して持っているなんていう方は残念ながら、ビョーキです。ウチには亡父の遺品の関式サロン露出計があります。別に捜し求めたわけではありませんのでワタクシはビョーキではありません。しかしながら、これはたいへん味のある道具です。いつか後日。

それから、連動距離計のフォーカスノブというのかな、ノブじゃなくてダイアルですね、操作すると被写界深度をカニのハサミで示す仕掛けのところ。赤瀬川源平も特筆している。底面には一通りの操作手引書が印刷されている。

Imgp4975

これを書いていて、理解できる人はどうもビビッドを持っている人だけじゃないかと気がついた。ほとんど意味がなかったな。とにかく、メカメカ気分、メカオーラが溢れ漂っているカメラ。詳細の解説は不用というか持っている人でなければ理解不能ということ。

芸の細かいところを少し。実はレンズセパレーションはわざわざフィルム送りにループを作って65ミリにしていること。これはカメラの横幅を2、3ミリ程度小さくするためではなく、人間の平均的両眼間隔にする目的であろう。ループを作らなければリアリストのように70ミリ。スプロケットにくぐらせるように半周させて僅か5ミリばかりを稼いでいる。半周で5ミリゲインだから半径では。で、70ミリと65ミリの違い。このこだわりはスゴイなあと思いました。そこまでのものではない、勝手な思い込みである、ということではないと思いたい。

ファインダーには赤色の水準器が写っていますが、ここが透明のものがありました。4人くらいでビビッドを見比べたことがありました。

最初の写真を見て、このレンズフードは何だと思った方。ジャストフィットのフード。実はフィルムケースです。口径そのままで簡単に作れます。

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2008年2月 7日 (木)

ステレオリアリストその2

Imgp4955 Imgp4970 こちらは2.8レンズ付き。ごく普通の鉄鎖―タイプ。あ、テッサーの転換が入っていないのは問題である。だってエルマーよりもメジャーでしょう。どちらも、普通一般から見たらメジャーじゃないってですか。でも、現代でもオートフォーカス時代からコンパクトデジカメ時代まで、ほとんどの中級機以上のカメラにはテッサー型レンズが付いているといわれる。中程度の明るさのレンズでは最も成功したレンズ。レンズといえばテッサー。レンズの代名詞といってもよいほど。

Imgp4958 Imgp4960 リアリストの型番は3.5レンズ付が1041。2.8レンズ付が1042と呼ばれる。ジャーマニー刻印なしのタイプである。他にカスタムの1050とマクロがある。

シリアルナンバーは底位置ではなく、横位置に移っていて、左側面にある。写真にある通り読み取りにくい。なんとか読むと、012228だろう。生産台数が10万台を超え、終末に近い。それまでのA刻印がなくなり、10万を省略しているので、実は112228ということになる。総生産台数は約12万5千台といわれるので、晩期ということになる。

Imgp4961 リアリストマニアはこのあたりのことは知っているだろう。次のサイトには詳しい。15年前、いやもう少し前にこれだけの情報があったら。だいたい、暗中模索、右往左往していた。エクター付きやカスタム付きや、カスタムボディーの3.5付を持ち寄って、いじくりまわしていた頃があった。何台ものリアリストのシリアルナンバーを調べたり、乏しいながらそれまでの内外の情報もあったりして、詳しい人がいたりして教えてもらったり、おおよそ分かっていたが。で、ワタクシはその時点からほとんど進歩発展していない。当時のクラカメ市でカスタムを買い逃がしてから熱は上がらず、平熱に近くなっている。健康人に近い。野暮ではなくて、粋でなくちゃいけないなどと本人だけが思っているのだ。

http://home.att.net/~drt-3d/toys/realist/index.htm#Realist%20Camera%20Features

Imgp4957 Imgp4962 Imgp4969 リアリストその1の初期型との違いは背面左側のボタンで二重撮影防止装置が付いたこと。シャッタースピードが200分の1までになったことくらいで基本的には同じ。その1は下をクリックで飛ぶ。あ、すべての写真もクリックすると640になりますから念のため。写真が小さいという人がいたので。

http://siokaze1.cocolog-nifty.com/sakanachann/2008/01/post_26db.html

フロントカバーの美しいリアリストのロゴデザインに2.8と入って十分に自己主張していますが、気がつくのはマニアだけ。要するに同じに見える。

Imgp4980 最後はマニアでも、え、えっと感動して驚くもの。実は本国から来たリアリストのタイピンです。ウチでプロジェクターやった時だったかな、その後にハッセル2台達人を囲むときだったかな、リアリストファンのひとりから頂いたものです。その節はありがとう。やはり15年くらい前だと思う。本国ではこういうものを作っていたのだね。そういえば、ニコンなどでも見たことがある。ニコンが真似か、それとも誰でも考える普遍的なものなのかな。

Imgp4983 そのときに、ワタクシが力説していたことですが。みなさんのカメラのホールディングは間違っている。人間工学から考えても正しいのはこれである。それが次の写真です。鏡で自画像撮影。賛同する方は名誉あるリアリスト同盟員として、いつでも、ことあるごとに主張し、また、実践しようとアジを飛ばしたが、立ち消えになってしまっている。アジ演説が下手なのかアジテーターとしての能力不足か。挑発主義、冒険主義は難しいばかりではなく、やはり危険思想なのか。

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2008年2月 5日 (火)

一眼レフレンズのステレオビューアー補足

レトロフォーカスレンズはミラーの距離をかせぐため、被写体側に凹レンズをかませているタイプであることはご存知の通り。それでなくては、35ミリから37ミリ程度のバックフォーカスがあるので28ミリレンズやそれ以下の超広角レンズは実現不可能。撮影時の方向のレンズ主点はフィルム面から28ミリの中空にあることになります。つまりレンズの外で、ミラーにかかるあたりにある。標準レンズは50ミリだから、フィルム側レンズ末端から約15ミリ中にあることになり、弱いレトロフォーカスとなっているはず。

フィルム側から平行光線が来た場合、つまり撮影時とは逆の場合ですが、そこからさらに50ミリ先の場所が焦点となる。で、フィルム側からルーペとして見る場合は50ミリより少し短い距離にあることが必要。それがペンタックス1.4の場合、ちょうどレンズの前端あたりになる。55ミリ1.8の場合は約5ミリ前方となる。で、フィルター2枚から3枚の位置。その人の視力による個人差でその前後の誤差は多分あるだろう。反対側の被写体方向から見た場合はフィルム側レンズ末端から35ミリ弱、すなわちフィルム位置となるのはお分かりですね。

Img_2221 Img_2223 実は、標準レンズをルーペにするアダプターの製品があるのです。フィルム側のレンズマウントに装着します。写真を見たら一目瞭然。15年くらい前だったかな、カメラ店で売っていました。なるほど、なるほど、こういうものが製品化されたのだな、あっぱれだな、クリーンヒットだな、とワタクシ的には感動ものでした。優れものです。でもどうも、感動した人間はそれほどいないようで、あまり話題にもなりませんでした。知らない人はまったく知らない。当時、ニコンF3がメインで、引き続きニコンのオートフォーカスに移行するころでしたので、ニImg_2222 コンマウント用を買いました。高性能ポジビューアーとして便利にして使っていました。いつでも買えると思っていたら、消えてしまった。あーあ、4個くらい買っておけば良かった。マウントキャップを利用して作れないことはない。ただ被写体側から見ると、画面が小さくなって、フルサイズは見ることが出来ない。同じレンズが方向を違えると見える範囲が異なる理由は両端の有効口径の違いだと思われるが理論的確証はない。

もうひとつは別のことですが。広角レンズで撮影した写真を標準レンズの画角で鑑賞してはいけない。本当は同じ画角で鑑賞しなければいけないという原則、ご存知ですか。目を近くして、つまり広角画角で見ないと、中心は良くても周辺は歪みが必然的に出ます。これは糸巻き歪曲となる。広角画角の鑑賞ということはどういう見方をするかというと、極端にいうと、目玉グリグリの視線をめぐらす。グリグリの斜め視線で周辺を見れば、歪曲はありません。広角レンズが遠近感を誇張することも同じことです。撮影レンズと同じ画角で鑑賞すれば遠近感の誇張はありません。ワタクシは広角レンズはあまり使いません。標準レンズ主義です。人間が見る画角、注視する画角、無理なく全体を見る画角はすなわち標準レンズの画角だからです。あくまでも原則は撮影レンズと鑑賞レンズは同じ画角で見るということです。裸眼の鑑賞でも同様の画角です。横1mの絵画を50cmから見るのは特殊な場合であることは分かりますよね。

Img_2226 引き伸ばしレンズの75ミリというのが1個ありまして、ルーペとして見てみました。3.3倍ということになります。ライカ判フルサイズが中央にやや小さく見えます。75ミリ離れているから当然ですが。66判の標準レンズくらいかな。横60ミリにライカ判横36ミリですから。左右12ミリ空きの比率です。しかし見え味が良いのです。4倍ルーペの製品でも評判の良い製品がありますが、倍率の低いルーペが穏やかに見えて良いのかなあと思ったりします。お値段、性能ともに良いのはシュナイダーの6倍。中古のオークションで張ってみたらとてもダメでした。ステレオビューアーとして倍率はどのくらいが良いのか、いまだに分かりません。

Img_2233 次の写真はフルサイズステレオビューアーのおなじみの普及製品で距離を測ると単玉50ミリレンズですが、かなりの糸巻歪曲があります。また、視野はギリギリフルサイズあるかないか。つまり普及品としてそれなりです。

最後ですが、暗い写真はライカマウントのキヤノン50ミリ1.8です。これのレンズフードの距離がちょうどよく、そのままフィルム側からルーペになります。多分どちら方向でもあまり差異はないはずです。手ごろな距離でルーペになるでしょう。これだったら、ロシアの1.4レンズ2個入手しようかな。

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2008年2月 2日 (土)

一眼レフレンズのステレオビューアー

撮影レンズと同じ焦点距離のレンズ、というよりも同じ画角のレンズで見ると同じ範囲を見ることができるはず。でも、どうも少し違う場合もあるようだ。明視の距離25cmを焦点距離で割ると倍率が出る。5cmは5倍のビューアーとなる。でも8倍でライカ判フルサイズが見えるルーペもある。ニコンの8倍ルーペ。どういうこと。多分レンズの口径が大きくて目玉をグリグリ回すのだろうと想像する。25を8で割ると、約31ミリ。35ミリレンズが標準のリアリスト判では広い画面の中央にあるので目玉グリグリ不用で、フルサイズはグリグリによって可というのかな。ニコンの8倍ルーペは持っていない。でもピークの8倍ルーペ2個で作ったImg_2202 Img_2203 Img_2183 フルサイズステレオビューアーがある。たしかにフルサイズが見える。しかし、糸巻き歪曲が出ている。レンズ構成は凸レンズを対物として、27ミリ口径の色消し接眼レンズの2群3枚。低価格のルーペである。15年くらい前にウチの磯釣クラブの先輩に作り方を教えてもらって、その通りに作った。その人はかなり昔に引退した。最初は知らなかったが、まさか、、、その先輩がステレオ写真をやっているなんてことが分かっImg_2181 て驚いた。ワタクシより数段泥沼の人である。主なものだけで、リアリストからウォーレンサック、ベラスコープ、ベルプラスカ、フェドを使い、このあたりはまあよくあることだが、2台方式に信念があって、ローライの35ミリの小型ハッセルみたいな一眼レフから、マミヤ645、ハッセル2台まで、同じスタイルのステレオをやっていた。ローライのSLなんとかというのは普通の人は知らないだろうな。そうだった、ハッセル2台のものすごい達人をもう一人知っている。これは後日、また。知る人は知る、達人だ。

Img_2185 Img_2186 Img_2206 Img_2192 ルーペに戻って。接眼レンズの口径が大きくないと良くないであろうと想像がつく。かなり昔だが、ん、ん、んと思いついたのは、50ミリのガウスタイプの大口径撮影レンズを2本使えば何の文句はないだろうということ。でも、一眼レフはミラーの関係でバックフォーカスを取る必要からレトロフォーカスになっているのは大抵の人は知っていますよね。だいたい35ミリから37ミリのバックフォーカス。さらに、後ろから平行光線が入った場合の主点は前側主点という。通常の被写体から入った平行光線の場合は後ろ側主点といって、かなりズレている。ペンタックスはフイルム側から覘くとルーペになることが分かった。50ミリ1.4はフィルターなしで見え、55ミリ1.8はフィルター2枚から3枚かますと見える。ワタクシは0.6くらいの弱い近眼のまま、老眼が入っているから、目が良い人はどうなるか分からない。写真のようにkmマウントでも同じ。あ、1.4レンズは放射能レンズですから、心配な人はkm時代のものか1.8の方が良いと思います。1.8も弱い放射能ものがあります。1.8の方がなぜか見え味がいいように感じる。

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ステレオビューアー雑感

ちょっと、ステレオビューアーに関して当ブログのコラルドーフィルムアドバンスシステムのコメントでいくつか書きました。掲示板と違うのでさらにコメントでぶら下げて、長くするのも変なので、とりあえずビューアーの1回目として補足的に書きます。以後は断片的に何回かそのうちに。このテーマは奥が深くて、しかも泥沼のような難解さもあり、光学関係の専門家以外はよく分からないところもあります。ワタクシはいまだ暗中模索です。ひとつはビューアーの性能。写真の撮影レンズの性能や、いわゆるレンズの切れ味というものは古今東西ああでもない、こうでもないと論じられてきました。ところが、ステレオビューアーではほとんど論じられていない。ところが、ポジビューアーでは多少は論じられている。たとえば、下のルーペ比較テスト。残存収差以外に抜けの良さ、解像力などいろいろあります。

http://paul-inoue.web.infoseek.co.jp/lupe/test.htm

また、星見屋さんたち、天文愛好家ですが、アイピースにはそうとううるさい人がいる。これがまたかなり難しい専門用語が続出している。昔、高級アイピース2本で作ったステレオビューアーを見るとあまりのクリアーで腰が抜けるという記事を読んだ。これは以後、強迫観念のように頭にこびりついている。探したが、どこで誰が書いたのか見つけることができない。

アイピースに関してはネットをググルとそれこそ、いくらでも出てきます。解説もあふれている。

ルーペ、ビューアーというのは拡大鏡であり、最も簡単なものは虫眼鏡。写真撮影レンズの働きも一枚の凸レンズと同じ。何群何枚という分厚いレンズでも理論的には一枚の凸レンズとみなして計算できる。焦点距離が25cmより短いレンズでは、焦点距離より近くにある物体は大きな正立虚像として見える。25cmは明視の距離。これは中学の理科ですが、だいたい誰も忘れているはず。ところが、ワタクシはレンズのあれこれや、歴史的な性能競争や進歩に興味があって、入門書から専門書を何冊も読んで、あるいはながめて、残念ながらきれいさっぱり右から左に抜けてしまっている経験だけはあるのです。

これは、とほほ経験です。まさに間抜けな行為だが、これをレンズ沼にはまるといいます。しかし、どっぷりつかるのは怖くて、一番基本であるお金もないので、ほとんど沼には入らず、泥をかぶってはおりません。キッパリ。ですからいわゆるマニアの予備軍程度です。でも、7冊から8冊くらい読みました。本の値段なんて安いものです。さっぱり分からないレンズ設計者の教科書のようなものまでありますが。とりあえず定番の入門書だけ挙げます。

Img_2167 古典的光学教科書として、光学の知識、山田幸五郎著、東京電機大学出版局、1966年発行、定価2884円。90年の16刷。ステレオ写真も18ページくらいあります。一応学者の書いたものですから、他とは違うレベル、内容です。全体的には大学の理系教養課程程度かな。高校物理かも知れない。この本の源流は1925年岩波書店から発行された、光学の知識。1945年まで発行された定番。これを20年後の1966年に増補改訂版としたもの。流用している部分は古い図版も少なくない。でも、読んでいてたいへんおもしろい。なるほど、なるほどという気持ちで読んだ記憶が。

Img_2168 カメラマンのための写真レンズの科学、吉田正太郎著、地人書館、昭和54年発行、ウチのは平成6年の5刷。定価2060円。内容はかなり専門的で難しい。地人書館は天文書で知られてますね。

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2008年1月18日 (金)

コラルドーフィルムアドバンスシステム

なんとか分かりました。ネットでググると想像していた通り。以前は目がすべっていいかげんに調べたので見つからなかった。The Homéos was designed by LJE Colardeau and Jules Richardというのを見つけたのです。やはり設計した人物だった。さらに他の情報によると、リアリストにおけるDホワイト社と構想設計したシートンの関係のようなものだったことが分かりました。フランスのリシャール社におけるLJEコラルドーは該当のステレオカメラの実質的な開発設計責任者だと思います。コラルドーの設計による、初めての35ミリフィルムを使用するステレオカメラであったホメオス。ホメオスというカメラは一応よく知られています。ステレオ本を見ると必ず出てきます。このカメラのフィルム送りシステムがコラルドーの名前を取って命名されたものということのようです。

2_edited1 パリのリシャール社のホメオスは1913年に特許を取り、1920年に生産された。第一次世界戦争をはさんでいるのかな。フォーマットは24x18のハーフサイズでfixed 8 perforationSTREO CAMERA SINCE1930に書かれている。いままで、この本でコラルドーフィルムアドバンスシステムという言葉にお目にかかったのみで、他では目にしたことがなかった。少なくとも、日本の文献にはない。誰も、どこにも言及していない。レンズの基線長は57ミリ。使用フィルムは映画フィルムとあるのが時代を示している。フォーマットは横送りのシネ判というべきでしょう。このカメラは固定焦点の28ミリf4.5のテッサーレンズ。それにしても、このデザインはというと凄すぎていますね。これは海外のネットにあった写真を拾いました。他にもいくつかの書物の印刷写真ではホメオスがあるのですが。うーーんと、ちょっと検証。たしか1パーフォレーションで4.75ミリ進行だから、8パーフォレーションは38ミリです。57ミリは12パーフォレーション。つまり、2駒送りで基線長は3駒分というのがコレルドーシステムで、これが、あらら不思議という天然自然の驚異の真理発見応用に思える。単純であるが、真理発見応用の特許に思える。おおげさかな。ギリシャで真理が明らかにされた幾何学の驚異と同じように感じる。お前だけだって。そうかな。感じない人は感じない。それだけ。

で、カメラによってフレーム間のスペースが大きい場合は多少の誤差がある場合もある。ホメオスの場合、横18ミリフォーマットで各フレーム1mmのスペースがあるようだ。

他にリシャールだけでも書くことはいくつかあります。が、いつかまた改めます。

と、まあ、それから、この当時のステレオ写真の状況に思いを馳せる必要もあるだろう。いや、ないって、、、。そういわないで。でも、少なくとも小生はたいへん興味があります。かの有名なクリスタルパレス以後、ロンドンステレオスコピック以後の展開。どういう状況だったのか。ま、いろいろな書物を読んだり、いろいろに調べたりしていますので、おおよそは想像できますけどね。これも、長くなるので改めてまとめる予定。

Img_2090 Img_2089 ともあれ、古いステレオカメラの解説では日本カメラ博物館の、パノラマ&ステレオカメラ展(1992年12月)が一番はっきりした印刷でしょう。解説記事は博物館運営委員会の専門家がかなり調べたのでしょうが、詳しい。ここは運営費からいって専従学芸員なんていないのじゃないかな。また、ここではフランImg_2093 ス読みでホメオスはオメオと記載されている。これが本当でしょう。リシャールとした場合はオメオ。Hを読んではいけない。ホメオスならリシャールではなくリチャード社。ここで採録されているのはステレオカメラでは74台です。博物館の収蔵品でしょう。他には、とりあえず引っ張り出したステレオのムック3冊。いずれも朝日ソノラマ発行です。

Img_2084Img_2086  昭和59年のカメラレビュー別冊、ステレオ写真の世界。ステレオ記事のバラエティではこれが一番豊富です。これには北野邦雄によるステレオカメラオンパレードがあり、歴史上のステレオカメラ75台が採録されている。Img_2083 次は1991年、クラカメ専科の17号、ステレオ写真への招待。これは、フォクトレンダーのすべて、という2本立ての特集ですからたいへんお値打ち品です。Img_2085 Img_2087 それからクラカメ専科の27号、ステレオワールド、これは、戦後フランスカメラの軌跡という2本立て特集。ステレオワールドには島和也による70台のステレオカメラが採録されている。カメラは同じのもあれば、他にないカメラもあってバラバラです。

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2008年1月11日 (金)

ステレオリアリストその1

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最も好きなステレオカメラ。とにかく素晴らしい。写真は最初期ロットの機体で、シリアルはA2523のレンズはアイレックス・パラゴン付。多分、1947年製造だと思う。その後の他のレンズ付きもいくつか使っているが、最初期ロットのパラゴンの性能、描写はものすごく良い。これがトリプレットかと驚くほど。最初期生産型の外見上の特徴は後日。Img_2055

Img_2060

設計したのはSeton Rochwite。シートン。動物記の人と同じ名前。ロックワイトという発音で良いのかな。2000年に亡くなった。これも後日書くつもり。この人はオスカー・バルナックと同様に直感ヒラメキというかアイデアの天才ではないかと思っている。彼は1943年、プロトタイプである自分のステレオカメラで撮影したカラースライドと自分で組み立てたステレオビューアーを持って、ミルウォーキーのデイビットホワイト社に行った。同年の9ヶ月後、ホワイト社は彼を採用し、ステレオリアリストは1947年に世に出ることになる。この経営陣も偉い。彼はカメラとビューアー、またリアリストのロゴマークもデザインした。アクセサリーその他必要な小物一式のセットを作り上げなければならない。新しいシステムをゼロから作るということである。後からみたら、なーんだという、コロンブスの卵かも知れない。先入観に捉われない素晴らしいデザインと発想があり、輝いている。

Img_2057 特筆すべきはアンダーファインダーである。驚き、感服した。我々は既成観念に生きている。顔面で額は最も広く平坦である。鼻は最も起伏がある部位である。なぜ、鼻位置にカメラを構えなければならないのか。やってみたら分かる。もちろん、座りの良い鼻、高くて鋭い鼻。いろいろあるだろう。安定が悪い部位にカメラを押し付け、たいていは流し目か、上目使いにならざるを得ない。15年くらい前、ネットでこれを力説したのは小生である。反応はいまいちであった。リアリスト愛好家でさえ、多少の共感程度であった。そして、使いにくいという評価が少なくなかった。

Img_2054 左指シャッター。これは釣りのリールハンドルの左巻き、右巻き論争に通じているからおもしろい。あ、一眼レフはファインダー下位置の額ホールドができるから、興味のある人はやってごらんなさい。これを見て、小さい子を連れた母親があの人はオカシイ、近くにいってはダメ、と手を引っ張るかも知れないが、どうしてくれるんだとかいう責任は取れない。

当時のカラースライドは多分コダクロームだと思うが、初めてステレオビューアーでカラーポジペアーを見た人間の驚愕はいかほどだったのかと想像するに余りある。しかしながら当時の状況は、キーストンのカラー印刷のステレオカードはポピュラーであったはずである。品質を問わなければ、一応カラーである。これらを現在の日本の社会常識から推察するのは難しい。ライカのステレオリーで撮影したカラーステレオポジマウントをビューアーで鑑賞していた人が戦前のアメリカでどのくらいいたのか。あまりにも霧が深すぎて日本では分からない。いやアメリカでも、細い迷路の先の先の世界だから普通ではほとんど分からないだろう。ステレオリーで撮影した昔の知り合いのポジをいくつかビューアーで見たことがあるが、すばらしかった。エルマーに装着したもの。この人はバルナックの長尺マガジンカメラを首からぶらさげていたことがあるほどの有名人であった。見る人が見ると、どぎもを抜かれ、腰を抜かす。ショートエルマーにもうるさかった人である。

レンズの基線長を決定し、連動したフィルム送りの基本設計は見事にまとまっている。今現在リアリストのシステムを理解しているので、なるほどな、という程度だが、まことに感服する。ステレオカメラを使っている人であっても理解していない人はなんだ、それは、、、という程度である。知らない人はもちろんまったく知らない世界。

フィルム送りは専門書によれば、Colardeau film advanceシステムと呼ばれる。コラルドーシステムって何だ、何者だ、いったい。昔も調べたことあるが、さっぱり分からない。グーグルでも分からない。なぜコラルドーと呼ばれるのか。人の名前なのか、システムを命名したのか。フランスのリシャール社に関わるらしいことだけは専門書で推定できる。EAUはオーでフランス語ということはつたない常識でも分かる。ともあれ、リアリストのフィルム送りはfixed 10 perforationと呼ばれる。レンズの基線長は15 perforatioとなり、1フレームは5 perforation5 perforationカメラと呼ぶこともある。

概念図は次の通り。フィルムの各フレームを1から9までとして。左駒をl、右駒をrとすると。

1・2・3・4・5・6・7・8・9・10

l @ @ r (1回目撮影、1L.4R @は空白)

    l @ @ r (2回目撮影、3L.6R

        l @ @ r (3回目撮影、5L.8R

            l @ @ r (4回目撮影、7L.10R

中2フレームの2フレームりですべて解決。改行でバラバラになっているかも知れない。最初と最後のひとつ前のフレームだけ空白となるが、すべて無駄なく、うまく送られる。これ以外の送りでは二重露光になってしまう。中1フレームの1フレーム送りの場合、1・3、次の撮影は2・4のペアだが、その次は、3・5となって、3は二重露光となってしまう。以後全部二重になる。

    

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2008年1月 8日 (火)

キーストンの双眼鏡型ステレオスコープ

Img_2047 Img_2048 Img_2049 オークションで入手したもの。このスタイルはいままで見たことがなかった。だいたい、ステレオマニアの目からしても日本でよく見るのは、ホームズベイズ式ではアルミニュームフードのそれである。日本ではアルミニュームフード以前のウッドフードの現物はあまり見たことがない。専門書の写真では見かけることは少なくないけれどね。というのはステレオスコープ大量生産時代ではアルミフードになっていたからと考えても良いだろう。だからウッドフードは絶対量が少ないのではないだろうか。

え、そんな現物なんて日本で見たことがないというあなた。まあ、そうでしょう。マニア以外の人間では普通は見ることのできる範囲には近寄らないでしょう。筋金の入ったクラシックカメラ店にごくたまに、神田のその方面の専門古本屋にステレオカードと一緒の箱入りでごくごくたまに、さらに西洋骨董品店にもごくごくたまにです。

あ、日本にもステレオカードとステレオビューアーの会社が過去にはありまして、それぞれ国産品があります。そのステレオカードのごく一部は持っていますので後日いつか紹介します。日本の上流旧家取り壊しなんていう時に、骨董品や古本と一緒に蔵出し品として出てくることがあります。15年くらい前だったかな、神田で素晴らしい無傷のビューアーと素晴らしい箱入りステレオカードが出たけれど、その全部を外人が買っていってしまったという話を聞いた。えーーー、いつなの。一週間くらい前。うわー、、、そんな。悄然とした経験がありました。

このキーストンビューアーを調べると、例のステレオビューという専門書に次のような記載がありました。

Telebinocular,all-metal,binocularstyle,pebble or crinkle finish,excellent optics,came in booklike box,often with Keystone tour sets

どうも、キーストンが寡占化した後のビューアーのような気がします。だから、アメリカで探せばかなりあるもののようです。

Img_2050 Img_2051 ステレオカードはキーストンのカラー印刷で、100年前の世界旅行といったものですが、現在では得られない独特の雰囲気があって、それぞれ素晴らしく、味があります。100年前というオーラが出ています。それが、立体という疑似現実感と溶融して心地よい酔いとでもいうのでしょうか。

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2008年1月 3日 (木)

ペンタックスが立派な理由

ペンタックスは、ある点において企業姿勢が非常に良い。たいへん立派であり、高く評価できる。他社とはまるで違う。グレーゾーンがどうこうではなく、決定的に白と黒ほど違う。たいていの写真関係、カメラ関係の識者がほとんど指摘していないことだ。日本の一眼レフのパイオニアで、現在に続くカメラ作りを切り開いてきたからですか。うん、それもたしかにあるが違うこと。実質内容重視で、小型コンパクト性を重視して、使いやすく、はったりのない良心的な性能のカメラやレンズ作りの姿勢ですか。それもあるが違う。え、日本のカメラメーカーでは唯一の重要ポイントですか、なんだろう。ただし、日本のカメラメーカーでは他に若干の例外はある。例外って、どこですか。ニコンとその他若干だ。あ、リコーもその昔は僅かにかすったことがあり惜しい。あとは古い小西六時代のコニカね。富士写真フィルムはかすっている。その他はすべてダメといえばダメ、ダメ。

外国の有名カメラメーカーに目を移し、過去の歴史にまで遡ってみると。ライカはさすがだし、過去のコンタックスも立派、エキザクタは合格、敬愛するフォクトレンデルやローライは源流に加わったといっても良いくらい。往年のアメリカのカメラメーカーとしてのコダックも合格。ロシアメーカーだって健闘している。

うーん、難しいね。よく分からない。何でしょうか。何で分からないの、これだけヒントが出ているじゃないの。写真の門外漢にはさっぱり分からなくても仕方が無いけれども、そうではないと少なからず自負していらっしゃる方はすぐに分からないとダメです。ん、ん、写真の歴史にも関心があって、少なからず知識造詣があると思っていらっしゃるあなたに教えましょう。

それはステレオ写真に関わっているかどうかです。ニコンはS型の時代にステマータイプのステレオレンズを作った。試作品に毛の生えたような生産で、もしも出物があれば天文学的な価格が付くことは間違いがない。リコーは試作品を作ったことがある。小西六は大昔にステレオカメラを生産していた。富士写真フィルムはレンズ付フィルムのステレオアタッチメントを作ったことがある。その他、その昔の中小メーカーは若干の事例があり、最近ではホースマンがステマータイプの現行品を作っているとか。欲しいけど60万円くらいするらしい。ライカはステレオリーとステマーがある。きりがないので以下省略。ステレオ写真を写真企業として、どう認識していたかという問題である。

ペンタックスにはフィルムカメラ時代にビームスプリッターと呼ばれるステレオアタッチメントがあった。ライカではステレオリーがこれにあたる。ポジカラーを見るステレオビューアーとセットであった。

ところが、最近、デジタル一眼用にステレオアタッチメントを再発売したという。え、そうなの、素晴らしいじゃないか、この姿勢。まことに尊敬ものだ。ステレオ写真の意義を正しく認識している。ペンタックスのコンパクトデジカメにもステレオ写真機能が付いていたそうだ。ウチの娘が以前使っていた。

で、フィルム時代のペンタックスステレオアタッチメントを当然持っているのだが、デジタル一眼時代の再発売ステレオアタッチメントをヨドバシカメラで購入してきた。ペンタックスのステレオアダプターと店員さんにいったら、スパっと出てきたよ。合格。ほとんど同一製品だが、カラーポジ用のビューアーの代わりに紙焼き用の簡便ビューアーが付いている。デジタル一眼ではポジフィルムは鑑賞できないもんね。ビームスプリッターはロシア製品と国産ライカレンズ用もあるのでまた後日アップする。でも、作例の画像がいままでないじゃないの。このブログの最初のころ、横浜の巨人の目だけで以後はぱったり。パソコン画面でサイズをどうしたらよいのか試行錯誤でした。古いフィルムスキャナーでは転換がものすごく面倒になっているのです。他の人のステレオ写真のホームページを参考にしてやってみます。ホームズ式ステレオスコープはデジカメ一眼のステレオで撮影すべきだったな。フィルム時代のものでも当然デジカメ一眼で使えます。

Img_2025 Img_2024 Img_2026 Img_2027

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2008年1月 2日 (水)

ホームズ­・ベイツステレオスコープ

Img_2017 Img_2016 Img_2018 120年前のステレオビューアーである。普通にはホームズ式Img_2005_3 というが、正式にはホームズ・ベイツ。その筋の書物、ジョン・ワルドスミスのステレオビューというマニア本では主要4社が1892年から1908年にビューアーを大量生産したという。なんだかまっとうな辞書にない単語がよく出てくるので、難しい。キーストン、グリフィス&グリフィス、アンダーウッド&アンダーウッド、そしてH・ホワイト社。その他にたくさんあったらしいが、統合、吸収されていったのだろう。アンダーウッドが最初に寡占化した。アンダーウッドは最盛期の1901年には30万台のステレオビューアーを生産し、ステレオカードは1日に2万5千枚を作ったという。戸別訪問販売だったようだ。その後キーストンが競争に勝ち、版権を譲り受けて吸収し寡占化した。ステレオカードの販売を集中していった過程だろう。キーストンは販売方法を真似して学生も使った。学校関係が主要顧客だったそうだ。キーストンは1892年から1964年までアクティブだったというから、消えたのはそれほど古くはないね。カラーのプリントものも多い。ただし、印刷の網点が目立って、私見的にはよくない。オークションで入手したステレオカードがそうだった。印画紙貼りのステレオカードに比べると相当に劣るものだ。写真の歴史とステレオ写真の歴史は同時進行だから、ダゲレオタイプからガラス湿版からガラス乾板から、密着焼きの鶏卵紙から、すべてある。いや、もっと細かい変化がある。次回にそのあたりを書くかもしれない。かなり面倒。マニア度はかなり高い。非常に不思議なことがあった。ホームズ・ベイツステレオスコープはパテントを取らなかったことは確かだ。ところが、このステレオビューアーの付け根の刻印にはpatentと刻印されているのだ。取るつもりで取れなかったのか。もうひとつ、ベイツの工房、つまりこのビューアーは本家本元の製品である可能性が非常に強いと推定され、1883年ころは取れるつもりだったのか、なにかの係争中だったのか。それにしても、1859年、一説には1861年から本家は作っているわけで、20年くらいはモタモタしていたことになる。

Img_2021 Img_2022

今回はステレオカードにこれありと知られた、いわゆる月のステレオに絞ります。弟が買ってくれたステレオカード20枚はほとんどがアンダーウッドの版権ものでした。

ステレオマニアとして知識としては早くからこれの存在を知っていた。で、20枚の中にこれが入っていたので感激した。山田幸五郎の光学の知識という古典的光学教科書の中にこれの詳しい記述がある。関連のブログは次にあります。

http://mononoke.asablo.jp/blog/2007/05/02/1478600

http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/news/text/a061202.html

http://www.asahi-net.or.jp/~EP3N-KIZM/astro/photo/making3D.htm

月のステレオ写真でググると他にもっと出てきます。

山田幸五郎教科書から要約、一部引用すると。

地球上の2点から天体を撮った場合、2点間の距離が基線となる。また別の日に天体の写真を撮れば、地球が軌道に沿って進行した距離が基線となる。この方法をとれば、基線を数万キロにすることができる。この場合は天体の自転ということも考慮しなければならない。しかし、地球の公転距離では基線長が不足して天体は立体にならないそうである。火星、金星もどうだったかな。月は地球が公転しても付いてくるためにダメ。月は首を振るため、月面の半分以上の59%が見えるそうで、これを秤動という。これを利用したのが月面ステレオである。

教科書の月面写真は1896年4月20日パリ標準時8時18分4秒と1900年2月7日6時15分30秒のペアーである。

焦点距離18.05mの赤道儀をもって写し、その直径16cmである。図はこの原図を縮小したのであるから焦点距離8.16mで撮った写真に相当する。これをステレオスコープで見ると50倍の望遠鏡で見た場合に相当する。二つの写真においては月の平均動が約14度であるためにステレオスコープでコレを見るときに惹起される基線長は95000kmすなわち月の距離380000kmの約4分の1である。であるから、ステレオスコープで見るときはあたかも両眼距離95000kmの巨人が倍率50倍の望遠鏡2個を、その光軸のなす角を14度にして月を見た場合に受ける印象と同じ印象を受ける。換言すれば、月の大きさの15億分の1に縮小した模型、すなわち直径2.4ミリの月の模型を両眼距離63ミリの人の明視の距離25cmのところに置き、これを倍率50倍の顕微鏡をもって見た場合と全く同様である。

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ホームズ式ステレオビューアーキット

Img_2006_2 Img_2007_2 Img_2008_2 Img_2010_2 アメリカのバンコートインストルメント社のキット。冊子を見ると1995年発売とある。たしかその頃に、恵比寿の都立写真美術館で3D展があった時に買ったもの。驚いたことにボール紙から組み立てるものだが、かなりの精度があり、実用になる。

Img_2011_2 この最近の青少年向けのキットではなく、本物のホームズ式のビューアーは小生の弟がアメリカ単身赴任の時に、アンチークショップで兄の趣味を思い出してくれて、買ってきてくれたものがある。値札には1890年代もの、ステレオカード20枚付きとある。数年前のことだが、思わず感謝の涙にむせんだ。何たる兄思いの気持ちの優しい弟であることか。と書いておく。いや、いや、ほんとに感謝だ。リンクにabenewsというのがあるが、アメリカ勤務時代、アメリカの友人とのアウトドアライフの写真と記事がたくさんある。アンチークショップの記事もある。

Img_2005_2 ところで、この年代物のビューアーをよく調べると、ハンドルの付け根に1883年の刻印がある。アルミのシェイドフードになる前の木製フードである。ということは約120年前のものだ。日本の年号では明治のえーと、、、これは次回の記事で写真とコメントをアップする。さらに最近オークションで入手した、初めて見る珍しいステレオカード用のビューアーもコメントしてアップする。

Img_2009_2 Img_2012_2 このキットの付属冊子に、エリック バン コート社長による、ステレオスコープの歴史がある。それによると、1859年にオリバー ウエンデル ホームズはステレオスコープをリデザインしたとある。簡単で軽く、焦点調節が正確に早く可能。それをボストンでステレオ用品のワークショップを持っていた友人のジョセフ ベイトに見せた。ベイトはスライドレールの改良とシェイドフードを加えて生産して成功した。ところが、ホームズは特許をとるのを失敗したとある。月を経ずにこの有名なビューアーは100くらいの工房でコピー生産が行われた。その後中産家庭に大流行。この経緯や現物のステレオカードの写真などは後日に書いてアップします。ずっと以前に神田の古本屋で見つけたものや、オークションで入手したものなど、いろいろステレオカードはあります。最近のオークションでも欲しいカードが出ているが、なんせ安くは無いので、おいそれとは入手できない。

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2005年8月 8日 (月)

巨人の目1

ステレオ写真ファンにはよく知られている視覚効果。
人間の大人の目と目の間隔は平均65ミリといわれる。ステレオベースとか呼ばれることもある。これによって見た目の物体の大きさを判断する要素のひとつとしている。実物の車と10分の1の大きさの模型、10倍の大きさの模型を想定してみよう。実物を10m離れて見る。10分の1の模型を1mの位置から、10倍の模型を100m位置から見る。片目で見た場合はどれも同じ映像となる。周囲になにもない巨大スタジオなら周囲に比較するものがない。普通の写真として撮影しても同様。カメラの撮影条件もそれぞれ相似の条件とする。つまり画角が同一。画角は同一フォーマットならレンズの焦点距離によって決まるから、撮影位置はそれぞれ相似形とする。
片目の肉眼ではどうか。写真とは違って実際は遠方にピントを合わせる肉体感覚が影響するだろう。遠く離れた大きい物体、近くにある小さな物体の差異が多少は分かるかも知れない。

ところが左右両眼で立体視すると大きさの違いが分かる。つまり昆虫の目と巨人の目の違いだ。

横浜のランドマークタワーで左右約10m離れたステレオ撮影をした。いや、そんなステレオカメラはないから2回撮影となる。簡単だ。ワンカット撮影して10m平行移動してワンカット。撮影フレームの目印を探して同じフレームにする。たとえば、赤い屋根の家を下の右端のフレームにいう具合。それで10m離れて天地水平フレームにすればよい。
1

この写真をクリックすると8cm×5cmくらいのステレオ画像となるので裸眼立体視のできる方は交差法で観賞してください。平行法配置では65ミリ以上にすると立体視できないので画面を小さくしなければならない。65ミリではほとんどの人が立体視できない。50ミリから50ミリがよいところだろう。修行した達人は70ミリ近くでも可能だ。これがいわゆるまたわり。

交差法配置は右目撮影を左に左目撮影を右。より目で立体視する。裸眼立体視の詳細は後でアップする予定。

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2005年7月 5日 (火)

裸眼立体視またわり

裸眼立体視平行法とは遠方の無限遠を見る視線であるから、人間の両眼間隔である65ミリ程度の間隔の画像という制約がある。最大65ミリ四方の画像の場合に無限遠視線となる。カメレオンのように平行より開いた視線がまたわりと呼ばれる技である。ロンドンパリの目である。外側にどのくらい開いてみることができるか、技を競った。誰が。立体視マニアが。
明視の距離とは約25センチである。この距離でどのくらい視線を開くことができるか。視線中心間隔が70ミリから75ミリとなると達人である。普通人の一般生活においてこのような視線で見ることは絶対にない。眼球運動としても経験したことのないものである。無理を重ねて想起するとすれば、非常な注意をもってできるだけ広い視界を見る場合、起こりうるかも知れない。顔を動かさないでできるだけ広い視界を得たい場合である。180度を越えて200度くらい見たい場合もあるかも知れない。真横よりも後ろ。

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裸眼立体視

3Dブームは過ぎ去ってしまったようだ。片目の写真に対する両目の写真の存在意義を唱えて来た人間にとっていささか淋しい。平面的画像以外の画像があることをほとんどの人は知らない。片目の写真以外の両目の写真があることを説明しても、ほとんどの人は理解してくれない。カメラはほとんどの生物の目が左右一対であるように左右一対のレンズでなければならない。譲歩していうならば、片目のレンズのカメラ以外に両目のレンズのカメラがあってもよいはず。
だれでも裸眼立体視が簡単に可能であれば、両目の画像はもっと理解され普及するはずであるかも知れないが、裸眼立体視は簡単ではない。簡単にできる人もいるが、練習しても出来ない人もいるし、大抵の人は長時間練習してやっとできる程度だろう。いや、練習する人はごく一部の人で、知らない人が大多数。小学校の教科の中に裸眼立体視を入れるべきだという主張も、、、。

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