ステレオ写真

2017年3月21日 (火)

リアリストギャジットバック


ステレオクラブ20周年記念展示会に、久しぶりにリアリストカスタムを引っ張り出した。フィルムカメラの衰退と、デジカメの発展には言葉がない。フィルムカメラは泣いている。仕方がない。どうすることもできない。
新宿でベルビアを買って、青山の展示会場に。リアリストギャジットバッグに入れて。このバッグは昔にeBayにでていたもの。リアリストファンとして、たいていの知識は水準以上に持っていると自負していたが、驚いた。ハードバッグの方はよく知られていたが、こういうのもあったのだ。そして、ソフトカメラケースも。Img_2687


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すき間にiPadがちょうど入る。

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ステレオクラブ20周年記念展示会

ちょー久しぶりのステレオ写真ネタ。青山のステレオクラブ20周年記念展示会に行った。
このブログの右欄の下方にステレオ写真のカテゴリーがある。過去にマニアックなものをイロイロ書いていますので関心ある方ご覧下さい。その中に
ハッセル達人・ステレオ写真集・その1

ハッセル達人・ステレオ写真集・その2

があり、その前田さんのステレオ写真を見ようと。お会いしてイロイロお話しました。ありがとうございました。それと、不思議に共鳴する感覚をお持ちのCHIEさんと岡野さんにも挨拶しました。実はFacebookでのフムフムという日常の感覚です。もちろん、他の素晴らしい作品がたくさんありました。ドローン撮影なんてないころ、こういう撮影はめちゃ大変だったと思います。フーン、こういうのがあるのかってモノがいくつかありました。デジタルデスプレー上の3Dもいろいろな方式があることは知っています。ところが、普及はほとんど進まない。そういうテレビ番組もまだあるのかどうだか。どういうことなんでしょうね。
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裸眼3Dデスプレーも竜頭蛇尾。東芝のノートパソコンに裸眼3Dデスプレーがあったのですが消えてしまった。3D愛好家には、このノートパソコンは必要だろうと、ヤフオフで何回か入札してみたけど逃してばかりでそのまま。ゲームからの需要は一定はあるかも。3Dテレビでは。メガネ使用の3Dテレビも沈下していくばかり。結局、面白さだけでは、もたないってことかな。でも、IMAX映画は健闘していますよね。インパクトはありますからね。映画なら何とか可能性がある。
フジの3Dカメラも生産中止になってしまったとか。3Dカメラと裸眼3Dデスプレーというスマホをwifi専用として持っている。しかし、この系統も終了してしまったとか。
ワタクシはロンドンステレオスコピックの時代から、20世紀に入った時代の3Dの潮流とか、その後の現代に至までの潮流にシロウト的関心をもっていて、ナンダカンダと面白がってきた経歴があります。でも、有名なステレオクラブのような活動は恐れ多いと思って尊敬しているだけでした。今でもそうですけど。ごめんなさい。ははは。でもFacebookってのは、けっこうコミュニケーションのパワーを持っていますね。手軽。簡単。それと、そうそう。だよね、、って感じもあるかな。01d08509b624495db4c887ec17ef4da7


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2011年1月24日 (月)

3Dヴィジョンズ東京都写真美術館

東京都写真美術館の「映像をめぐる冒険vol.3 3Dヴィジョンズ –新たな表現を求めて」を先日見てきた。3D映像が不思議で珍しいものではなくなりそうな昨今。以前に行われていた同じような展示会と違ってきたのかな、という期待もあった。期待はちょっと裏切られた。新たな表現を求めて、、、というと、表現というからには、芸術作品だろうか。社会の実用品と対局であるような前衛アートだろうか。しかし、なんだか、驚きがない。それならば、しかるべき熟成も高度な技術や職人技もないような。ワタクシの目が厳しいわけでもない。ステレオのアンセルアダムスや土門拳を探しても当然ない。

スターウォーズの動画ホログラフィーでも実現したら腰を抜かす。あれは難しいだろうな。

でも、3Dテレビが浸透してきた時代だから、その土台を使い倒すようなことはスタートラインでなければならない。それを踏まえて、どういうことを見せてくれるのか。

東京都写真美術館収蔵品の展示はそれなりで、お茶を濁す程度。啓蒙としてはこんなものだろうが。クリスタルパレスのダゲレオタイプ現物はたしかに自慢だろうが、何回も見ている。たとえば、T.R.Williamsの初期作品でも蒐集するとか。ブライアンメイが集めているのだから、東京都写真美術館なら蒐集できるはず。これは優れているし、ステレオカードとしての歴史的意義がある。ダゲレオタイプなら、当時の王室や上流階級の個人肖像ステレオ画像がある。アメリカならアンダーウッド以前のカードがいくらでもある。スコット探検隊に同行したポンティングの南極のステレオ写真を探し出して買い付けしたら、おお、と感激する。ラルティーグの作品を片眼でないオリジナルで蒐集したり。戦前のライカステマー撮影のコダクロームがどこかにあるはずだ。戦前のコダクローム。そういう人が何人かいたに違いない。その時代の臭いをぜひ見たい。そうだ、昔のステレオ写真はその時代の臭いが写っていて、それを見るのだ。ワタクシがホームズステレオカードやアメリカの戦後、50年代60年代のリアリストマウントをそれぞれ数百枚蒐集してしまった理由でもある。しかし、ラウムビルトの展示がなかったような。以前当ブログで記事にした千葉大学の収蔵品にあるくらいだから、ナチスドイツと一体となったステレオ写真のひとつの歴史として意義がある。

うーん。なにをいっているのか分からないかも知れない。ちょっとしたステレオ写真ファンならそうだそうだと分かりますよね。

ずっと以前、渋谷ブンカムラでラルティーグをやっていた時、大きな鏡2枚のホイートストンビューアーを見たが、今回も同じものを見て、やはりすごいと感嘆した。万国実体写真協会のオリジナルビューアーとオリジナルブックをはじめて見た。活画館ものとの違いを気にする人は他にいないだろうなあ。

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2010年8月27日 (金)

トルービュー、ステレオのミッシングリング

Tru-Vueというステレオ写真システムは日本のステレオ写真ファンの中で知られていない。だから、普通のたいていの人は見たことも聞いたこともないだろう。またまたですけど申し訳ない。で、アメリカのステレオ写真の専門家の一人はミッシングリングと書いていて、それがネットにもアップされている消えてしまったつながり。忘れられたというか、埋没したというほどの意味だろう。アメリカでステレオ写真に関心を持っている人でさえそう書いているのだから、日本ではいかがなものか。

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実際に現物で立体視すると、それなりである。キーストンのステレオカードに比較すると、原版サイズで見劣りがするので、先鋭度はイマイチという感じがする。レバーによるフィルム送りは快適である。

The Tru-Vue Companyは1931年アメリカのイリノイ州に設立された。当時の経済大恐慌に困りはてた橋梁と鉄鋼の会社の子会社だそうだ。1929年世界経済大恐慌。そうだったのか。新分野進出で儲かる事業をということだろう。経済背景的には、なんらの疑問もない。当時の世界経済はガタガタであった。なるほど。で、1933年にトルービューシステムは生まれた。一方ではイタリアのムッソリーニとドイツのヒットラーが活動する時代だ。第一次世界大戦後、繁栄していたステレオカードは衰退していく。そして、映画フィルムであった35ミリフィルムとライカ版カメラが出現した時代だ。その35ミリフィルムを使った新興ステレオシステムがトルービューだ。フィルムストリップをビューアーに差し込みレバーで送りながら鑑賞する。しかしながら少し遅れて出現したビューマスターと競合するという運命だったビューマスター出現は1939年。ライバルがいなかったのは僅か6年間。そしてすぐに第二次世界大戦。戦争後に本当の競争があったのだろう。

トルービューは1949年ころが最盛期のようだから日本ではビューマスターほどにも知られていない。日本で戦後は終わったという時代、つまり高度成長期にさしかかる前にトルービューは衰退してしまったのだ。最初にトルービューというものがあることを知ったとき、ストリップフィルムのさばきはいったいどうなっているのだろうという疑問があった。実際に手にとって操作したら疑問は氷解した。強いカールがかかっていて、ビューアーの両サイドに常時丸まっているのだ。そして、見終わると、ここでストップですから引き戻せという画面が現れる。単純に引っ張るとそのままクルクルと丸まるので簡単に仕舞えるのであった。そして立体画面の下位置には簡単なキャプションが焼き付けられている。

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誕生した当初は、毎月新しいニュース的立体写真を送り出そうとしたらしい。企画としては悪くなかったと思う。しかしうまくいななかった。以前のステレオカードと同じような内容が主体となった。名所旧跡や観光地。世界旅行。海軍、陸軍というようなコンテンツもある。動物、鳥、海の生き物、多少の科学ものと子供向け。それでも数百本の種類のフィルムが生産されている。しかしながら、パテントを取ったトルービュー一社の活動なので多数の会社が揉み合うように競合したステレオカードに比較すると圧倒的に少ない。

ビューアーは次が詳しい。

さらに細かい差異を調べているページがいくつかある。脱帽。

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ウチにあるビューアーは2種類あって、古い方は1936年から生産された2代目。フロントが梨地となっている。これはかなり以前に日本のヤフーオークションに出ていたのを入手した。もうひとつは、1946年のようだ。こちらはEBAYのオークション。どちらも高価ではない。つまり稀少品ではない。

その後のビューマスターとの関係と、縦送りのカード式となったトルービューなどは、その2続編として近いうちにアップする予定。

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2010年8月 2日 (月)

A. MATTEYのステレオスコープその2

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しかし、ヨーロッパにおいてはそうではない。百花繚乱。大型から小型までのマホガニー製の工芸品。これがかえって、アメリカにおけるステレオカードの隆盛を横目にしながらヨーロッパ旧大陸のステレオ写真では決め手を欠いた原因ではないかという素人考え。もうひとつ、アメリカでは商業ステレオ写真の圧倒的な流通とその観賞が主流となったが、ヨーロッパではブルジョワ階級によるステレオ撮影意欲が強かったのかも知れない。だからドイツ、フランスの45X107ステレオカメラとビューアーが健闘したのではないか。そんな感じがするのだ。アメリカの市場規模の大きさとヨーロッパの群雄割拠というか混沌というべきか。

ネットでおそれいりましたというページを見つけた。

http://www.prices4antiques.com/sitemap/photographica/stereoscopes-viewers/

うひゃー、というほど網羅されている。ステレオファンならば一見の価値あり。

ウチにあるもうひとつのキュートなビューアーである、A.MATTEYが出ていないかざっと探したが同じものは見つからない。

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もしかして、意外とレアアイテム、貴重品かも知れないと、自然に笑みが浮かぶのだ。ふっふっふ。数ヶ月前EBAYで、これは見たことがないよなと入手した。Unisというブランド名でのハンドヘルドとテーブルトップの製品はよく見る。

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A.MATTEYはフランスのビューアーで

このビューアーは写真の通り、レンズ部分だけの製品で、マホガニーのボックスがない。円筒形のケース入り。このケースも美しい。本来は45x107サイズ用。

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A. MATTEYのステレオスコープその1

ちょっと、上級編です。申し訳ない。マホガニーのステレオスコープは善良なステレオファンには手に余る。少なくとも日本においては。こんなものは日本の正しいステレオファンの域を超えてしまうから。

A.     MATTEYの教育用というテーブルトップ。フランスはパリです。

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大型テーブルトップは高嶺の花としても、ハンドヘルドでも難易度は高い。いくつかEBAYで挑戦したことがないではありませんが、ダメでした。基本的に高価であります。いえ、なにがなんでも入手したいという情熱の問題に帰着いたします。ここまで手を広げたら、いけない。すでに破滅の淵に立っているかも知れないという自覚、自制であります。いえ、そんなことないって、、、。

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しかし、手頃なステレオスコープで、変わっているものならばその限りではない。たとえば、以前に登場させたリシャールの折り畳み45X107などはとてもキュートだ。リシャールのビューアーで見ているという満足。微妙な至福は得られる。

19世紀のアメリカのステレオ写真のシーンというのは、その当時のホームズベイツ式のハンドヘルドビューアーに席捲された感がある。いかにも軽快で優れものだ。というか必要十分だ。簡単明瞭なビューアーということで異論はない。

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2010年7月17日 (土)

アンネフランク展にラウムビルト

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千葉大学でアンネフランク展が行われている。27日まで。ナチスの激しい迫害の中、2年におよぶ隠れ家での生活。世界中で読み継がれているユダヤ人少女の日記。実は、わたくしは中学生の時に読んだ。えーと、昭和30年代の中頃です。クラスのマドンナが読んでいて、いやー、かっこいいなあと思ったからだ。影響で追従した男子はボクだけだったかも。もちろん中学生でもナチのアウシュビッツユダヤ人収容所は知られていた。明るく輝く戦後民主主義の時代だった。

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これを企画した千葉大図書館の女性からメールが来た。大学貴重蔵書にラウムビルトの「ベルリンオリンピック」と「栄光の党大会」を発見して、調べていたら、わたくしのさかなちゃんブログのラウムビルトの記事にたどりついたという。

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他に日本語情報がなく、貴重な資料だったとか。ラウムビルトが知られていないことは確かだ。アンネフランクは、見に行かなくてはならない。アンネフランクを読んだあのころを追想してマドンナを思い出したことだけでも甘い。

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午後に到着して夕方すぎまで会場に。ソファーがあるので、のんびりできた。ラウムビルトは複写して、簡易ビューアーで見ることができるようになっていた。おや、ロレオのビューアーじゃないか。EBAYで入手可能だ。すみずみまで観賞。アンネフランク財団の対応体制とシステム化に感心した。しかし、ラウムビルトは千葉大ならではのものだ。ノートパソコンを開いたりしながら来場者を観察。残念ながら無線LANはパスワードが分からない。持参した手持ちのラウムビルトを出して見たりした。

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ヒトラーがまるでそこに居るような立体写真にどういう反応があるか興味があった。感動している人も。ぽつりぽつりと来場者はとぎれない。小学生をつれた母親がゆっくり見ている。なるほど、良い良い。このような展示会が長く、いろいろな会場で永続していくことを願う。そういえば、今度の芥川賞って、タイミングがよくアンネフランクの日記に関わる小説だそうだ。読んでみようか。

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2010年4月11日 (日)

リアリストその3

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リアリストカスタム。今回はリアリストファンのレベルにおいてもかなりマニアックの話となる。えー、またまた、いままでのはマニアックじゃないのか。そうです。カスタムのレアーアースレンズ。希土類レンズね。その筋の人たちには鳴り響いている。分解能が高く、シャープとの定評。たしかにそうでしょう。中心300本といわれている。しかし、しかし、これを知った時、なんと、まさか、ほんとかいな、、まゆつばじゃないのか、と思った。たしかズミクロンが中心280本で最高だとされているからだ。初代空気レンズのズミクロン沈胴がどうだったかな。わたくしはライカレンズのファンの最末端だから、すぐにズミクロンが出てきたわけ。もちろん分解能だけがレンズの性能ではない。だから、話半分程度にすべきなのだろう。

光学ガラスは1805年のピエールギナンが粘土ルツボで溶解に成功して天体望遠鏡で活躍した旧ガラスとその後の新ガラス、それと、1939年にコダックが白金ルツボで溶解に成功した新種ガラス。大きく3種類に分けられている。ランタン、チタン、フッ素など入れたのが戦後の新種ガラスだそうだ。カスタムのレアーアースレンズがなにかは分からない。以前から気にはしていました。普通のレベルでは情報は見つかりません。まさか蛍石はないだろ。トリウム入りの放射能ズミクロンと放射能タクマーはご存じですか。リアリストカスタムには放射能という話は聞いていない。しかし、いまさら一般的なスペックやら効能書きはこれ以上省略。そういう読者が対象だ。申し訳ない。

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リアリストカスタムはいわずと知れた、リアリストのキングである。日本の中古カメラ市場にはほとんど出ない物件である。しかし、コンチュラほどではないだろう。ウォーレンサックならばよく中古カメラ店で見たが、カスタムの現物は一回も見たことがない。20年くらい前、萌えていた時代のことだ。そのころも現在でもアメリカにおいても稀少で貴重である。あちらの本場にもリアリストマニアのファンがたくさんいて、カスタムは見逃さないからだ。その萌えていた頃、NIFTYの写真フォーラム時代の知人で、わたくしも脱帽するしかないクラカメ達人が所有していた偏光フィルター付のカスタム(これは超レアーで超高価)をいじらせていただいた経験があった。昨年、EBAYで同じものを見た。

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他に2.8コダックエクター付リアリストと、イロカの2.8ラピッドもお持ちの御仁。わたくしなんぞの遠く及ばない立派な御仁だった。あのころがなつかしい。まさに霊験あらたかという感じのカメラであった。妥当な相場は3.5リアリストの2倍以上が2.8リアリスト。その3倍以上がカスタムだった。3.5の6倍以上ということでそれほど間違いはないだろう。でも、ダイヤモンドカメラでぜひ買って下さいと熱心に勧められたマクロリアリストほどではない。そんなものわたくしが買えるわけがないと繰り返して逃げた。

そんな頃、日本のカメラ中古市の最盛期、珍しくアメリカで確保してきたというカスタムの出品があった。鳴り物入りという感じで予告案内状がウチに来ていた。もちろん、安くはありません。というか、えーちょっと、、、というくらい。バブリーな時代だった。ともかく軍資金を用意して、朝一番会場オープンに入ったつもりが、なんとすでに売れていた。おっとりと会場に入って、一直線に行かなかったのがいけなかった。こういう時は聖人君子のふるまいを捨てなければならない。しかし、変なマニアの人たちと一緒にはなりたくないと思っていたのだ。開店時間となるとエレベーターに殺到する者、階段をダッシュで登る者、熱気というか、殺気さえ漂っていた。

もちろん、会場前には暗い早朝からそういう変な人間たちがオープンの時間を待ち構えていた。あれを知っている人、そうそう、そうだったと遠い目をする。知らない人、いやだねーオタクってのはでチョン。時間間際になると、準備体操とウォーミングアップをしていたのを見たことがある。90年代初頭クラシックカメラのブームの時代。あんなことがあったのかと感慨ひとしお。わたくしは、その後ふっつり、もう追いかけるのをやめようと思った。悟ったと思ったのだ。

それを考えると、現在では値段と程度を問わなければ、EBAYでリアリストカスタムを落とすことができるようになった。時代の流れを感じる。だいたい、もうすでに銀塩フィルムカメラの時代じゃないでしょ。フィルムカメラの衰退スピードは加速度がついている。だから逆に、滅びるものと連帯しようという美しい理由が浮上してきた。うん、心中してもいいからね、、、といってはだますような手管になってしまう。そういうものを追いかけない、所有しない、野暮なことはやめようと決心していたのだが、気がついたら、ものすごく程度の良い、ほとんど未使用という感じのリアリストカスタム美品が手元にあった。君子豹変してしまった。いや、それはちょっと言葉の用法が違うだろっ。

ケースに入れっぱなしだったのだろうか、シャッターボタンの突起部分だけにサビが。リアリストはいろいろあるので無傷のボタンとそのうち交換すれば良い。

このカスタムは素性がはっきりしている。アイオワのミセス マーサーが前のオーナー。住所と名前が皮ケースに印字されて貼られている。フルネームと住所のラベルを撮影したけれど、そんな写真を出してはよろしくないだろうと思った。プライバシーね。

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そして別に、手書きメモで

Bright sunは50/1でF5.6­からF8とか、Hagyではいくつとメモが貼られている。ミセスマーサーはお金持ちで写真は素人だったようだ。なんとなく、それほど撮影しなかったのじゃないかと想像する。ボディーは無傷で、擦れも皆無だ。どんなおばさんだったのか。場合によっては、ありがとうとハグしてチュウしたいくらいだ。ははは。ありがとう。

調子に乗ってきたので次は近いうちにオルデンリアリストを書こう。

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2010年4月 8日 (木)

ブライアンメイが古ステレオの本を出した

クイーンのブライアンメイ。なんじゃそれは、知らないという人。世代にもよる。イギリスのロックグループの中心メンバー。たとえばウイーウイルロックユー。

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印象的なドンドンチャです。わたくしの世代では、熱烈ロックファンでもない限りこの程度の知識があれば上等。しかし、甲子園の選抜高校野球でもこの曲が使われていた。ドンドンチャなんて詳しいこと知らなくても、なんでもありません。さしたる影響もございません。

さて、ブライアンメイの略歴を見ると、大学院で宇宙工学を専攻。なるほど。他のメンバーもインテリというロックグループです。え、え、35年後に天体物理学研究再開、博士号を取ったそうだ。立派だな。そうか、なんと1947年生まれか、わたくし46年で同じ世代だ、隠れファンになろうかな。まあ、いいかげんですが。

ブライアンメイは実はステレオ写真のファンであったのだ。

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A VILLAGE LOST AND FOUND」というステレオ本を昨年10月に出した。わたくしはアマゾンで入手した。英国で払底したそうで、3ヶ月以上遅れて2月にやっと届いた。ブログに書かなくちゃと思ってから1ヶ月以上。スローペースのいいかげん。書こうかなというテーマは沢山持っている。ステレオ写真ファンの固定読者から叱咤が聞こえそうだ。反応はイマイチだけどかなり読まれているからだ。

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1850年代のステレオ写真である。

T.R.Williams撮影の「SCENES IN OUR VILLAGE」というシリーズのステレオカードを収集して採録、解説したもの。アンダーウッド、キーストンより50年ほど前のステレオカード。まさに写真の黎明期のもの。ほとんどが手彩色されているカラーカードだ。

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この失われた村は2003年にオックスフォードのヒントン ウォルドリストだと同定された。同じ建物が現在も存在する。同じ池があり、同じ道筋が残っている。写っている人々は150年前に生活していた。ステレオ写真となるとなぜだか感動的だ。古き良きイギリスの農村だ。そのころ日本では幕末の動乱の時代。

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いつか、この本を片手にこの村を訪ねてみたいくらいだ。実現できるかどうか。ラウムビルドに写っているヨーロッパも元のカードを片手にして訪ねたい。

これを撮影したThomas Richard Willams(TRW)は1824年ロンドンに生まれた。

1851年、ステレオ写真にこれありというほど有名なロンドン博覧会のクリスタルパレスをダゲレオタイプのステレオカメラで撮影した。公式記録と王室御用達かな。これは一般大衆には販売されていなかった。いわゆるオリジナル銀板ステレオ写真。ダゲレオタイプは性質上かなり先鋭画像の写真となる。TRWは、ダゲレオタイプステレオポートレイトのスタジオを開業した。プリンセスビクトリアのロイヤルステレオポートレイトなどを撮影している。

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貴族、ブルジョワの限定高級顧客向けの撮影が中心だったようだ。このころ、TRWは少年時代に心のバックグランドであったヒントン ウォルドリストを訪れて「

SCENES IN OUR VILLAGE」を撮影した。ブライアンメイは、これがTRWにとってのmost definitive workであろうと書いている。彼が心に抱く最終テーマというのかな。

ロンドンステレオススコピックカンパニー(LSC)は1854年設立された。なんとLSCはHPを持っている。リンクしていますので、時間があるときにごらんください。ステレオファンでなくても驚く。1856年にTRWはLSCと提携した。マスターダゲレオタイプステレオから、ダゲレオタイプステレオのコピーとアルビューメンステレオ、つまり普通の鶏卵紙のステレオカードが作られたとある。そうか、クリスタルパレスの鶏卵紙ステレオカードが存在するようだ。知らなかった。見たことがない。一枚だけでも手にとって見たいものだ。無理だろうね。

ブライアンメイの感性というか感受性は共感できる。このステレオ写真集は素晴らしい。メイは熱中して入れ込んだのだ。メイによれば1850年代から1860年代のイギリスとフランスのステレオに関心が絞られ、さらに1850年代のイギリスのステレオに絞られ、さらにはTRW彼自身に関心が収束していったと書いている。

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この本には折り畳み式のステレオスコープが付いている。なかなかしっかりした作りだ。裸眼立体視ができる人はちょうど良い大きさが考慮された印刷なので裸眼でもOK。

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2010年2月 1日 (月)

アバターその2 疑問

IMAXの素晴らしさのひとつは、画像の鮮明さが段違いであり、それに連動した映写スクリーンの大きさによるインパクト、というのは異論がないだろう。というか、少なくとも過去においてはそれで異論はなかった。以前に新宿高島屋で見たIMAXはフィルム版だった。調べると、スクリーンは25mの18mだった。左右は多少湾曲していたそうだ。印象では天地方向に特に大きい。何階建てとかのビルの高さに相当する巨大なスクリーンと解説されていた。IMAX映写機レンズの水平画角は60度の広角レンズに相当するという。水平60度というと広角レンズであり、ライカ判の35ミリレンズと28ミリレンズの中間くらいだ。我々人間が注視する時はもっと狭い画角の範囲であるし、視野の端に見えているだけなら180度近い。なんとなく見ているだけの場合ならば60度は視野というよりも視界一杯の画角といっても良いだろうか。最後部の映写機の位置からこの画角であるから、観客席中央ではもっと画角が広く、最前部であれば、軽く100度を超えていただろう。垂直画角も広いため、観客のシートは急な階段のように配置されていた。

IMAXDの「遙かなる夢 ニューヨーク物語」と「勇気の翼」は覚えている。2Dでも何か見たけど忘れた。パンフレットにあった巨大なIMAXDカメラの写真を見て、なに、こんなにでかいのかと驚いた。当然だがレンズが2つ、まさに異様なキャメラだった。制作コストも桁が違うという。撮影フィルムの原版が大きい。巨大なフィルム画像の情報量。鮮明で超微細。写真に詳しい方なら、ライカ版つまり35ミリフィルムと、ブローニー版つまり120フィルムの歴然とした違いは理解できるだろう。写真でいうと60X70つまり67判とほぼ同じサイズだそうだ。そして、IMAXDのフィルムは横送り。たいしたものだと感心した。35ミリでは前例があるけれど、横送りは普通の映画キャメラの常識からは逸脱していた。写真はカメラと呼ぶけど、映画はキャメラというよね。由来は何だろう。ともかくキャメラと、そのようにすり込まれている。この感覚は世代によるだけかも知れない。キャメラスタート、、、、アクション、あー、カット、カット、なにやってんだ、ばかやろー、、、だったよね。ははは。

銀塩カラーフィルムの鮮明さ、情報量。これってデジタルハイビジョンの解像度を比較するとどうなのか。風景でフィルムのIMAXに対抗するには横8000画素必要という。NHK放送技術研究所が開発したスーパーハイビジョン規格というのがあって、画素数7680X4320だという。普通のハイビジョンは1920X1080だよね。つまり2Kと呼ばれる。その間に4Kがあって、8Kと進化してきているらしい。そうなってきたのか、知らなかった。普通の人はこんなの知らない。進化する先端放送技術。3D技術もCG技術も同様だ。

で、キャメロンは。アバターの撮影はどうなのか。そして川崎IMAXはどうなのか。デジタル撮影でデジタルプロジェクターという。どうも2Kデジタル撮影のDLP Cinemaのようだ。3Dだからプロジェクター2台だけれど、つまりはデジタルシネマであり、DLPIMAXだったのだ。で、アバター3Dにご存じの通り、4方式のメガネがあるわけだが、他の3方式もデジタルプロジェクターのようだ。わけがわからなくなってきた。デジタル加工、光学加工それぞれのブローアップ、ブローダウンという意味は分かる。また、アナログのビデオテープ時代から行われているのだが、デジタルのビデオから銀塩のアナログフィルムに変換するキネコ。そうしたフィルム上映の選択肢もありという。アバターではそういうことをやっているのではないようだけど。

ではIMAXDが他の3方式よりも良いというのはどういうことに起因するのか。メガネの優劣だけではないはず。大画面だから、だけでもないはず。だって、元の先鋭度が同じとなると。何故だろう。液晶シャッター方式は半分は見ていないのだから暗いということは分かる。Dolbyはプロジェクター1台で高速回転のフィルターホイールを回転させるという。これも2台プロジェクターのIMAXの半分の明るさか。IMAX以外はスクリーンの制約による画面の上下方向のカットが影響しているのか。うーん。どうなのか。左右融像することによって、2倍の解像度になるものだろうか、疑問だ。

もうひとつ。大きなスクリーンで同じ解像度の拡大率の大きな映像を見るよりも、小さなスクリーンで拡大率の小さな映像を見るほうが先鋭でクリアーであるのは決まっている。小さなスクリーンでも同じ鑑賞画角の位置は得られるからその位置から鑑賞すれば良いのだ。大画面の優位性というものは、鑑賞人数を問わなければ意味がなくなってしまう。商業的には大きな意味があるけど。

さて、どうだって良いことが多いが、アバターその3まとめ、を書けるかどうか。

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