淡水の釣

2009年11月18日 (水)

遊遊さかな辞典

 

すべての釣り人にお勧めする本が出た。ワタクシが特筆するのだから間違いないよ。さかなちゃんブログの釣りの固定客はだまされたと思って読んでみたらよろしい。書いたのは小西英人さん。この人は敬称略でもよいレベルかも知れないが、一応、英人さんとする。知っている人も多いと思う。関西で「週刊釣りサンデー」をやっていた御仁です。関東ではどちらかというとあまり知られていない。表紙カバー裏の著者紹介から引用すると。

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「1954年、徳島県生まれ。(週刊釣りサンデー)元代表。1985年、釣り人向けの初めての本格的な魚類図鑑(さかな大図鑑)の編集を契機に魚類学への傾倒を深める。2007年、(釣り人のための遊遊さかな大図鑑)の編著者を務める。現在はフリーの釣魚エッセイストとして活動中」とある。

そうか、釣魚エッセイストというカテゴリーがあったのか。末広恭雄、檜山義夫、沖山宗雄の流れだな。そうか、そういえば、もっといらっしゃるな。なるほど。魚のうんちくを書いていた学者、研究者だが、釣魚エッセイスト専門家ではない。釣魚エッセイスト類似だった。川那部浩哉だって、一般向けの魚の本がいくつかある。つまり余業だ。

Img_4391 ここで、ちょっと引用しよう。光るところがたくさんあるのだが、、、、そのひとつ。

冒頭に、「さかなたちは饒舌である。(中略)魚たちの姿を記録し、その魚たちの声を聞こうとしたのだった。釣り人には思いのほか魚を見ない人もいる。とくに名人とかプロとか呼ばれる人は駄目である。魚は道具にしか過ぎないようなのだ。」そうだ、そうだ。これだけで信用できるではないか。

えーと、「遊遊さなか辞典」、小西英人著、発行(株)エンターブレイン、発売(株)角川グループパブリッシング、2009年12月2日初版。定価本体1700円+税。六十六の釣魚物語とさかな用語集、とある。

腰巻きには、「遊遊さかな大図鑑の著者がおくる釣魚深掘り読本。図鑑と辞典。あわせて読むと釣りが100倍楽しくなる!!」とある。文庫版で、800ページ。

実は彼が、なにかの縁で当さかなちゃんブログを読んでね、過去ログにある遊遊さかな大図鑑の紹介記事を読んだのかな、あなたは昔NIFTYサーブの釣りフォーラム(FFISH)でやっていた潮風さんですよね、今度出る「遊遊さかな辞典」を送るから住所教えてください、というメイルが来た。うわ、ありゃりゃ、バレたかっ。といっても、当時の人たちがこのブログを見たら随所で、だいたい分かるだろうけど。あたま隠して、、、、だ。でも、ふっつりしてから、とにかく10年ぶり以上の突然だった。

彼は関西の人だから、関東のワタクシとは基本的にネット上でのつきあい。ネットの草創期からだ。読み、書き、やりとりした。あれはマッキントッシュSE30発売の時だから1989年ころからだ。パソコン通信の歴史とほぼ重なる。いやー、、、古いな、20年前からの関わりだ。なつかしい。最盛期にやりとりは沢山あって、よく感応した経験が少なくない。読んでいて要所でピッピと心に来たのだよね。しかし、まあ、心の中は別にして淡交という域を出ない。彼が上京したときなど、お目に掛かったことが多少はあるけど。当時、ネットのオフラインにはそれほど出ないようにしていた。むしろ人のつきあいは淡交というものが良いのだと昔の人はいっていたからね。あなたの書くものは非常によく理解できるよ、心に響くと、、、、。けれど、内心では舌をまいていた。文章はプロだから立派だしね。読ませてくれる。釣りのライターなんてのはピンキリでたくさんいるけど、当時も今も、そういう人たちとはちょっと違うと感じている。どこがって、心が違う。たいしたものだなあと思っていた。そして、その後の20年のたゆまぬ研鑽というのかな、さらに立派に凄くなった。魚類学に首を突っ込んだのもすごいしね。その周辺はよく拝読して、とてもおもしろかった。いつも感心したものだ。

でも、作家の書いた釣りの作品を読むと、そりゃあ、ライターとは違う。もっとも、ヘミングウェイとか井伏鱒二や開高健あたりとは比較するのが間違っているけどね。釣りライターの文章は消耗品以下くらいに思っている。しかしなにがし情報があるだろう。といっても、そういうレベルの情報はいまさら欲しくないと自覚している。ノウハウなどは重要ではないのだ。そして、それほど釣りたいという気持ちがなくなってしまったのだ。微妙なのだ。ワタクシ、この本をたまに少しずつ読んでいれば、釣りに行かなくてもなんともないかも知れない。読み終わったら、また頭から読み直せば良いのだ。このボリューム。

深さ、広さ。1700円はものすごく安いと思う。釣り師でなくてもおすすめ。読書家には良い。

ということで、届いたばかりで、まだほとんど斜めしか読んでいないが、昔ネットにもシリーズで書きためていた部分が多少あるのかな。と、「おわりに」にそれがちゃんと書いてあった。「ぼくは饒舌のようである」とも。毎日、462編、魚への思い入れを書いたとある。

Img_4393 さかな用語集もすごい。ここまで学問的に魚類学に裏打ちされているものは他に見たことがない。しかし、この守備範囲はすごい。これだけで、すでに匹敵する人はいないだろう。魚類学をかじって、ほぼすべての、あらゆる釣りの経験。八面六臂。うんちくもスゴイの一語。それぞれの読み物としての文章のレベル。そう考えると、誰も追随することのできない域に達しているではないかと思い至った。いや、不肖ワタクシ相当読んでいるからね。大げさに言うと、過去も含めて、だ。網羅したことでは松崎明治か、ちょっと違う。垢石でも違う。近いところで奇矯な知識収集でホリオ剣か。まるで違う。森秀人、早川淳之介は普通だったから。いやー、抜いているね。いちいち挙げないけど、名のある人はすべて読んでいるといってもよいほど。

Img_4394 金森直冶の「列伝日本の釣り師」に出ている人で入手できる本は読もうと思ったくらいだからね。よいしょではないよ。あ、あ、あーー、あれー(悲鳴)やや、やめてよ、そんな歯の浮くよいしょは、、、、というかも知れない。ははは。ほんと。許してね、ごめん。ごめん。それから彼が書いているHPも紹介しておこう。釣り曜日だ。と、、、ちょっと書きすぎたかな。そうですよ、潮風さん、もっとさらっと書いてくれなくちゃ困りますよ、まったく。そういえば、今度は紹介を書いてくれなくていいですから送りますといっていた。いやー、とまらなくなっちゃったのよ。すごいんだから仕方がないのだよ。

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2007年8月15日 (水)

寿作のマブナ竿と水桶

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マブナ竿は三本仕舞いが定石。二本仕舞いにできない理由は、テーパーが緩くて、尺フナや鯉などが掛かることもあり、竿の力が必要なので内側を削れないためとされる。3間なんていう長尺竿はまずないので、比較的短い切りで継ぎ数が多いというのが普通。この竿は標準中の標準で2尺切り9本継ぎである。小継ぎ竿のコミは短く3寸、9cmしかない。3尺3寸切りのコミはだいたい4寸、12cmある。

Img_1399 Img_1401 東作直系の寿作っていうと舟の小物竿じゃないのという先入観があるが、どう見ても寿作の焼き印であることは間違いないであろう。なんで寿作がマブナ竿。まあ、マブナは竹竿の基本だから。作りはごく普通。

Img_1398 竿尻の筋巻き3本がかなり太いことが目立つ。手持ちの中でこんなに太い筋巻きは他にない。淡竹元ではなく矢竹元。

Img_1397 穂先は常道の削り穂であるが、物差しの単位のように筋が引かれている。口栓は高級竿でも付けないのがマブナ竿のお約束である。

Img_1394 Img_1396 重さは160g。長さは2間半、4.5mである。少し長い方かな。丈三から2間半くらいがまあ普通だろう。テーパーが少なく手元が細いので多少の持ち重りは仕方がない。写真の水桶と共に亡父の遺品である。とくに水桶は捨てられる運命であったのを、ちょっと待って、捨てないでと助命した。こんなきたないゴミだから捨てるよ、、、、普通はそうなるのも致し方がない。母はおとうさんの釣りを多少は知っていても、水桶なんて使わないもんねえと判断したのだ。かくて、世の中で捨てられた水桶はどのくらいあることか。よく見ると、なかなか味がある。水を入れたら、多少漏れている。なんとかしてみよう。

Img_1392 Img_1393 Img_1391 しかし、魚を入れる落とし口が小さくないか。これじゃあ、ほんとの小鮒しか入らない。秋のいわゆる柿の種釣りなのか。クロダイだったら当歳というんだけど、マブナは何というのかな。そういう使い方だったのか。ふたを開ければいいんだけど。あるいはヤマベだったら話は分かる。それと、水を入れたら重くてとても胸には下げられない。こういうのに詳しい人ってあんまりいないと思うが、わたくしは石鯛釣り主体の人だから知らなくても普通だよね。

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2007年8月14日 (火)

もう一本のハヤ竿と弱目の渓流竿

Img_1382 写真の下の6本継ぎハヤ竿は一見すると変哲のない竿だが、いろいろ特徴がある。竹の長竿の標準である1m、3尺3寸切りの6本継ぎ、矢竹手元。塗りは典型的な東作塗りである。写真にあるように、赤の絹糸でスゲ口を巻き、透き漆で塗るので糸目が下に見える。透きの色は経年変化で茶色になる。遠目には焦げ茶の塗りだが、よく見ると糸目が見えるというのが東作塗り。以前に書いた通りの東作の淡水の竿の標準の塗りである。東作でも高級竿ではなく並の竿の標準塗りである。

Img_1389 もちろん東作塗りだからといって、東作の竿とは限らない。長さは三間、5.4m。重さは260gで竹のハヤ竿として軽い方である。でも、カーボンの三間竿とは比べるのも野暮。比較のおなじみハヤ竿剛竿は360g弱。横須賀逸見のハヤ竿、いやウミタナゴ竿は300gであった。

Img_1385 胴塗りは拭き塗りではなく、写真をよく見ると分かるように刷毛塗りである。縦筋が残るので分かる。刷毛塗りは厚く塗れるが、難しいというのが通説。しかし、回数を減らす目的で手抜きも可能となる塗りでもある。一流竿師の上竿にも刷毛塗りがある。この場合、濃い漆ではなく薄い漆を何回も塗る。胴の刷毛塗りは流儀かも知れない。拭き塗りでも手で拭く流儀もある。親指の股を使うそうだ。微妙な拭きができる。本漆を手で拭くわけだから、漆かぶれの免疫ができてからの話である。ふっくらした肉のある手でないとダメだそうだ。以前紹介した汀石竿談義に詳しい。竿師奉公は漆の免疫ができない場合は一年で辞めるしかないとかいう話もある。

Img_1386 銘は丸に弥である。焼き印だけでいうと、非常に格好いい。最高センスの焼き印である。焼き印だけという評価基準もないとは思うが、格好いいので仕方がない。しかし、丸に弥という竿師はさっぱり分からない。

軽くて弱めのハヤ竿でウミタナゴに良く使った。

酷使したので、胴塗りが写真のように荒れている。しかし、普通の拭き塗りの薄い塗りの竿を酷使するとすぐに痩せてしまうが、これは刷毛塗りなのでそれほど痩せない。紫外線に焼かれて、使用後に濡れれぞうきんと乾いたぞうきんで繰り返し拭かれるためである。そのために長年使うと胴漆のかけ直しが必要となる。また、数多く魚を釣り上げると小物でも曲がり癖が出る。そういうメンテナンスは実は竹竿使いの釣り師には必須だ。一通りの知識と、出来れば自分でなんとかする技術が必要であるように思う。竿師に定期的に出せば良いのだが、、、。

Img_1381 Img_1384 もう一本の竿は無銘の弱めの渓流竿である。口栓が付いていた。というだけではなく、ハヤ竿よりも強い竿である。穂持ちと穂先をそれぞれ比較した写真をよく見ると分かる。上がおなじみハヤ竿剛竿、中が丸弥のハヤ竿、下がこの渓流竿。当然だが渓流竿が最も太い。単独では分からないし、重さでもよく分からない。比較して分かる。この竿は3尺3寸切り5本継ぎの二間半、4.5m。重さは180gである。丸弥のハヤ竿は3間竿なので直接比較はできない。前回に紹介した二間半の強めのイワナ、ニジマス竿は200gであった。そうか、丸弥の元竿を抜いて比較する手があった。と、160gであった。違うといえば、違うかな。弱目の渓流竿だが、強めのハヤ竿としても使える微妙な調子である。これは白っぽい竿で胴漆が飛んでしまったのでかけ直してある。よく使った。一般に二間半の方が使いやすいが小磯の釣りではポイントまで届かないこともあるので二間半ばかり使うわけにはいかない。仕舞い姿の写真では上が渓流竿で筋巻きが4本。渓流なら弱めでハヤな強めだが、どういうことか不明。中が丸弥のハヤ竿、下がハヤ剛竿。ともに筋巻き3本。

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竹の渓流竿2本

Img_1373 一本は渓流竿の典型的な姿。やや太めの淡竹手元。これは一日中打ち返す釣り方のため持ち重りを排す目的。また、25cmから尺程度のヤマメを抜き上げるためにある程度は竿の力を必要とするため。それほどの長さは必要ではないために、仕舞い寸法は短めに仕上げているのも標準。91cm切りの5本継ぎ、全長は4mである。渓流竿として一番使いやすい長さだと思う。重さは200g。重心を計れば、持ち重りに関わるモーメントがはっきりするが、比較のために全部やるとなると大変なので省略。最初から全部の竹竿の分析項目としてやっておけば良かった。重心は竿尻が何cmのところという具合だ。手元竿の太さから見て、多分持ち重りは少ないであろうということに留めておく。ごく普通の作りであるが無銘である。逆に銘が付いていてもおかしくない作りである。塗りはいわゆるカラシ色。ちょっと竿敏のデラックスの塗りの色に似ている。珍しくはないだろうが、それほど多いという塗り色ではない。

もう一本は一見して渓流竿ではないように見える。塗りは普通の黒。手元は淡竹元ではなく、細い矢竹元でここだけ見ると姿は普及竿の作り。ところが。なんと渓流竿としてはかなりの剛竿である。尺ヤマメ、尺以上のイワナも抜けるような強さがある。イワナでもいけるが、ニジマス用として想定された竿ではないかと想像する。

Img_1375Img_1374  竿尻の巻きは5本もある。だいたい、ここの巻き数が多いとそのジャンルの中で強い竿という暗黙のルールがある。これが、はっきりした共通ルールなのかどうかは知らない。とにかく強い竿で、例えば、穂持ちと穂先を並べて比較した写真でよく見ると違いが分かる。もう一本、上はハヤ竿の剛竿の穂持ちと穂先である。比べるとやはり細い。

Img_1376 銘は竿喜とある。竿喜は調べてもよく分からない。長さは二間半4.5mの5本継ぎで、重さは220gである。カラシ塗りに比較したら、長さがあるのに軽い。しかも細い矢竹手元であるから持ち重りはカラシ塗りよりはあるだろう。

Img_1377 ところで、渓流竿は普及竿の作りでも口栓が付いているのがお約束のようだ。竿喜の口栓の作りは本格標準の作りである。逆にカラシ色塗りの渓流竿は手抜きの口栓である。口栓の加工工程をひとつ省略しているわけだ。実用にはそれほどの変わりはないが、なにかの拍子に口栓を突いてしまうと、食い込んで口栓が外れなくなることがあり、往生することがある。なので、ここに自分で糸を巻いてそれ以上は入らないように加工している自作の竿がある。

Img_1372 比較に置いたもう一本はハヤ竿の剛竿である。上からカラシ塗り渓流竿、竿喜、ハヤ剛竿。

ということで、竿喜はかなり高級竿の部類に属する。カラシ塗りの方は無銘だが、ごく普通の実用竿である。どちらも磯釣り入門時代に竹の石鯛竿を探して釣り道具屋巡りをしているときに入手した。かなり昔である。まだ他にもあるが、手頃で値打ちのある竿だけ選んだわけで、良い竿でも高価な竿は当然にパスした。だいたい、そういう目的ではないので交通事故のように求めたにすぎない。で、ごくたまに渓流釣りをやった程度で使用頻度は低い。ハヤ竿と違って、渓流竿は長さの関係で磯の小物釣りには使いにくい。竹の渓流竿が現代のカーボン渓流竿に太刀打ちできないのは、なんといっても重さである。一日振っているとかなり疲労するだろうが、そんなに一生懸命釣りをしなければ良いわけだ。釣果第一ではないということにつながる。そういう釣りをしたいと思うが、いまさら片手間以上の渓流釣りは、多分しないと思う。釣り場にもよるが、磯釣り以上の体力が必要かも知れない。石鯛なんてぶっ込んで待っていれば良いのだ。

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2007年8月12日 (日)

ハヤ竿2本

Img_1369 Img_1370 どちらも無銘。剛竿と並竿とでもいうべきか。太い方はウチの近くの椎名町の暗い釣り道具屋にあったもの。重さは350g。もう一本は横須賀の逸見というところの釣り道具店。店は小さいが三浦の釣りでは名の通った人。三浦半島には中河川以上でハヤの釣れる釣り場があるとは思えない。竿の外観はハヤ竿らしくても用途は海の小物竿しかあり得ない。だとすれば、ウミタナゴ竿として売っていたとしか考えられない。となると、この竿はウミタナゴ竿である。見事な三段論法だ。重さは300g。長さはどちらも三間、5.4mの6本継ぎである。この手の竹竿は手元から抜いていって、いかようにも短い竿として使えること。2本か3本で使えば、ハゼ竿としてぴったりである。5本で使えば、二間半のウミタナゴ竿として軽くて使いやすい。ハヤ竿は口栓がないのが常道で、この口栓は自分で作った。

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剛竿の方の竿袋は小紋柄の青海波という。セイガイハと読む。江戸時代からの伝統柄である。日本の小紋デザインの代表のひとつ。なに、知らない人もいるのかな。小紋柄には優れたものが少なくないがとくに気にいっている。この生地の長尺を買って、何本か竿袋を作っている。竿は気に入らなくても竿袋は気に入っているなんてのもあるくらいだ。

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2007年8月 9日 (木)

竹のタナゴ竿と水箱

Img_1362 竹のタナゴ竿と水箱

うちにも、竹のタナゴ竿と水箱ありまっせ。というだけの普及品。実は亡父の遺品。亡父はごく普通レベルの釣り好き人間だった。水箱はベテランの誰かから貰ったもの。そういえば、貰ったものが多い。

水箱をネットで調べてみると、ほとんど同じものが見つかった。

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/ngmpq122/comment/20050130/1107036473

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Img_1367 これを見ると、どうも昭和50年代の箱考らしい。箱考が亡くなって、水箱の専門職人はいなくなったらしいことが分かった。横巾は203ミリ。えーと、6寸7分ということになるのかな。で、葛島一美さんの(釣り具CLASSICOモノ語り)を見ると、11ページの上段の真ん中の写真がやはりほとんど同じだった。でも、塗りを見ると素人の塗りだから後塗りのようだ。そのうちに自分で塗り直してみるつもりだが、どうなることやら。何回も研いで拭き塗りすればなんとかなるかな。まだ、自分のネームの焼き印を押していない。どこに押すのが様になるのか思案中。横の下あたりだろうが、白木に押す焼き印が一番で、黒塗りの上からではまったく良くない。焼き印の後に塗って平らにする手がある。色が問題。赤では目立ち過ぎ。グレイあたりが良いか、焦げ茶かダークグリーン。この塗りはやったことないが、塗って拭きを繰り返せばうまくいくような気がする。うーん、かっこいいと思う。本邦のマニアの中でもハイレベルだ。

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タナゴ竿は153cm。穂先はグラスのソリッド。ここは普通は削り穂、けずりっぽのはずだが、普及品なのか、後修理なのかわからない。無銘。

竹のタナゴ竿はギルのいるところでは怖くて使えないと聞くし、最近は水箱はほとんど使わずにリリースするのが普通らしい。でも、数釣りの場合は口を切るわけだから、リリースしても以後の生存率はどうなのかな。昔、タナゴ釣り大会で口が切れていないから、釣ったのではなく不正だとかいわれたというお話は自分が知っているくらいだから有名ですよね。

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2007年8月 2日 (木)

さらに手長エビ

ほととぎすまだ餌に付かぬ手長海老

海老つりはたわけの中の又たわけ

海老釣りの浮きは蛙にひやかされ

Img_1291_2 なんで、こんな句が出てくるってか。花咲一男という人の(江戸魚釣り百姿)という本にもっといくらでも出てくる。江戸の絵入り本から釣り人の姿と、川柳、雑俳を採録したもの。2003年に新装版が出ている。ほととぎすが鳴きはじめるころと手長海老の食いはじめる時期を詠んだ雑俳。同書にはこうある。(釣りをする馬鹿の内で筆頭。釣法が他の魚より一層のんびりみえるからであろう)

Img_1292_2 でも、こと手長海老を書いたものでは三代目三遊亭金馬の(江戸前の釣り)の中にあるのが一番。この本は、どこからどこまで素晴らしい。釣りでは歴史的名著じゃないかな。復刻版が出ているので入手しやすいだろう。FFISHのシスオペだったJUNさんといつだったか話題にしたことがある。落語大好き人間であったということをその時に知った。金馬の現役時代をリアルタイムで聞いてましたが、1964年、昭和39年没ですか。意外に早いなあ。そうかあ。志ん生、文楽、金馬が名人長老と並び評された時代がある。話はうまかったですよ。復刻版が出るまで、先輩からそういう本があるという話しを聞いただけだった。復刻版はえーと、1992年初版。読んでいない方、いまからでも遅くはない。内容は保証。

Img_1293_2 江戸前の釣りに関しては、鈴木鱸生という方の(わたしの隅田川 江戸前釣師70年)という本があって詳しいが、手長蝦の項がある。戦前はずいぶん盛んだったようで、手長蝦競釣会がたくさんあった。鶴見川と市川の原木川が手長蝦会のよい場所であったとある。木場の筏の上、千住の材木の上がよかったそうだ。また、明治のころは手長蝦の乗合船があった。たなごと共に妙に人気があったとある。この人は隅田川と江戸前の釣りの終焉を見届ける羽目になってしまったので、明治からのあれこれを野史として書いてみたとしている。明治31年向島の生まれで昭和53年に上梓した本である。鈴木鱸生という名前は古い釣り関係の記事でたまにお目にかかるので知っていた。

磯釣りでは荒い場所の地磯の釣りが最も体力と若さが必要。はいつくばたっり、絶壁にへばり付いたり、足の置き所がないなんてことも。釣り場に出るだけ、釣り座に立つだけでたいへんなこともある。高所恐怖症の人は不向き。外洋の地磯ではなく、優しい地磯、近海周りの地磯もあるけど、つらくなったら、沖磯の渡船の釣りだけに比重を移して地磯はやらない。経験さえあれば、カツアサでも作根でもカンナギの離れでも大丈夫。凪か時化ぎみかというのが一番の問題だが、渡船から飛び移るのが出来なくなって、平坦なところで釣りしたいとなったら、防波堤の渡船でデコボコのない足場の釣りに移行する。いよいそそれがダメになったら、淡水のタナゴと手長エビの釣りを主体にする。というのがスケジュールである。と考えていたが、やはり同時並行するのがよろしい。比重配分の問題だね。

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